第48話

📘 第48章:硝子の鳥籠


(空はこんなにも青いのに。

私たちはまだ、透明な檻の中にいる。)



🔷【ショッピングモール – 休日】


季節は巡り、春。


結城による「記憶改訂」から3ヶ月が経過していた。

新太の適合数値は安定しており、RE:CODEは試験的な「外出許可」を出した。


もちろん、厳重な監視付きで。


「うわぁ……! すごい人だね、沙耶!」

新太が目を輝かせて周囲を見渡す。


その姿は、初めて遊園地に来た子供のようだ。

かつてその目に宿っていた、他人を射抜くような鋭い光はどこにもない。


「ふふ、そうね。……はぐれないように手、繋ぎましょ?」

沙耶が腕を絡める。


新太は照れくさそうに、しかし嬉しそうにその手を握り返した。


その二人の後ろを、私服姿の灯(ともり)が歩く。

設定上は「従姉妹(いとこ)の付き添い」ということになっている。


(……気味が悪い。)


灯は、周囲を警戒するそぶりも見せず、ただ幸せそうに笑う新太を見て、冷たい感情を抱いた。


彼は、自分がかつて「何を背負った罪人なのか」さえ、忘れてしまったのだ。



🔷【ウインドウショッピングの棘】


「あ、見てあなた。これ、可愛い。」

沙耶が足を止めたのは、子供服の店の前だった。

ショーウィンドウには、小さな靴や春物のワンピースが飾られている。


「いいね。……僕たちも、そろそろ考える?」

新太が優しく沙耶の肩を抱く。


沙耶も、まるで本物の妻のように幸せそうに微笑む。RE:CODEにプログラムされた「理想の母親役」として。


「私は女の子がいいわ。……おしゃれさせて、一緒に歩きたいの。」


「うん、そうだね。きっと楽しいだろうな。」

二人は未来の子供について語り合う。


灯は、思わず視線を逸らした。


(やめて……。)


あなた達には、もういるじゃない。

月陽ちゃんという、かけがえのない娘が。

その子が今、どこでどうしているかも思い出せないまま、新しい命を望むなんて。


それは、月陽の存在を二重に抹殺する行為だった。

けれど、灯は何も言えない。

ただ、笑顔の仮面を貼り付けて、二人の背中を見守ることしかできなかった。



🔷【NOISEからの信号】


ふと、モール内の大型ビジョンにノイズが走った。

一瞬だけの映像の乱れ。

一般客は誰も気にしない。「故障かな?」と通り過ぎる程度だ。

だが、灯だけは逃さなかった。


画面の隅に、サブリミナル的に映し出された図形。

『月』と『太陽』が重なり合うマーク。

(……月陽ちゃん!)

月(月陽)と、太陽(希望)。

それは「離れ離れになっても、家族は空で繋がっている」という、佳乃(gyudon)からのメッセージだ。


彼らは忘れていない。

そして、この監視下の日常を、どこかで見守ってくれている。


灯の心臓が早鐘を打つ。

そろそろ、こちらからも返事をしなければならない。「私はまだ、あちら側には染まっていない」という合図を。



🔷【伝言板のメッセージ】


「……少し、休憩しましょうか。」

灯が提案すると、二人は近くのカフェスペースに入った。


新太が注文に行っている間、灯は店の入り口にある

「お客様交流ノート」や「願い事ツリー」が飾られたコーナーに目をつけた。

今、このエリアでは『春のメッセージフェア』として、来客が自由にカードを書いて吊るせるようになっていた。


(ここなら……。)


灯はペンを取り、桜色のカードに文字を書いた。

監視カメラの位置を確認する。

ここなら、佳乃がカメラ越しに文字を読み取れるはずだ。

灯が書いたのは、一見するとありふれたポエムのような文章。


『ここはとても静かで、綺麗な場所。

でも、私はまだ覚えている。

雲に隠れてしまった、小さなお月様(・・・)のことを。』


そして、灯はその横に、あるイラストを描き添えた。

NOISEのシンボルではない。


新太の本当の名前「翔真」。


その名を象徴する、**一枚の「大きな羽(真羽)」**の絵。


(私は忘れない。新太さんは、こんな従順な羊のような男じゃなかった。)

(もっと傲慢で、自分勝手で……「言うことを聞け」と他人をねじ伏せるような、どうしようもない人だった。)

(……でも、だからこそ彼は「人間」だった。)


綺麗なだけの嘘よりも、血の通った罪人の方がいい。

これは、NOISEへの「生存報告」であり、同時に「彼(翔真)という猛禽(もうきん)を、私が必ず檻から解き放つ」という誓いのサインだった。



🔷【受信完了】


カードをツリーの目立つ場所に吊るす。


その直後、店内のBGMが一瞬だけ音飛びし、すぐに元に戻った。


《Message Received(受信確認)》


灯は小さく息を吐き、席に戻った。


「お待たせ! ……灯ちゃん、何書いてたの?」

戻ってきた新太が、トレーを置いて無邪気に尋ねる。


「……秘密です。」

灯は微笑んだ。

それは、久しぶりに浮かべた「心からの笑顔」だった。


(待っていて、新太さん。)

(今は偽物の家族(沙耶)と、作られた幸せの中にいるけれど。)

(私が必ず、あなたを「地獄のような真実」へ引きずり戻す。)


硝子張りのショッピングモール。

明るい日差しの中で、灯の心の中にだけ、静かで熱い反逆の炎が燃え上がっていた。



🔚 第48章・完

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