第47話

📘 第47章:電子の架け橋


(壁が高ければ高いほど、

その足元には、必ずネズミの通り道がある。)



🔷【Café 琥珀・地下アジト – 深夜】


カタカタカタカタッ……!

静まり返った地下室に、キーボードを叩く乾いた音が響き渡る。


複数のモニターに照らされた佳乃(よしの)の顔は、青白く、目の下には濃いクマができていた。


「……クソッ、また弾かれた。」

佳乃が髪をかきむしり、スナック菓子を口に放り込む。


「RE:CODEの野郎、セキュリティ・レベルを軍事並みに上げてやがる。正面玄関(ゲート)は完全に封鎖、裏口(バックドア)もコンクリート詰めだ。」

後ろで見ていた透也が、心配そうに声をかける。


「少し休め、佳乃。三日寝てないぞ。」


「寝てられるわけないでしょ! 灯さんが向こうで耐えてるのに!」

佳乃は画面を睨みつけたまま叫ぶ。

その目には、悔しさと焦りが滲んでいた。


「……私のハッキングで扉を開けられなかったから、あの時、灯さんは残るしかなかった。……これ以上、無能なままでいたくないのよ!」



🔷【バリスタの差し入れ】


コトッ。

湯気を立てるマグカップと、厚切りのピザトーストが、佳乃のデスクに置かれた。


「……腹が減っては、戦(いくさ)はできねぇぞ。」

紋之丞(もんのじょう)だった。

エプロン姿の巨体で、仁王立ちしている。


「あーん? 今、忙しいんだけど。」


「脳みそ使う奴には、糖分が必要だ。……特製ハニーラテだ。飲め。」

有無を言わせぬ迫力。


佳乃は渋々カップを手に取り、一口すする。

濃厚なミルクと蜂蜜の甘さが、疲れた脳に染み渡る。

「……ん。悪くないわね。」


「そうかい。……なら、さっさとその『電子の迷路』ってやつを突破しな。俺たちには真似できねぇ。」

紋之丞はニカっと笑い、太い指で親指を立てた。


その単純な励ましが、不思議と佳乃の肩の力を抜いた。


「……ふん。見てなさいよ。」

佳乃は再びキーボードに向き直った。

その指先には、先ほどよりも鋭いリズムが戻っていた。



🔷【医療データの隙間】


数時間後。

「……見つけた。」


佳乃の呟きに、仮眠をとっていた甲斐と真田が跳ね起きた。


「どこだ!? ルートがあったのか?」


「警備システムは鉄壁よ。でも……『医療データ』の管理サーバーに、わずかなタイムラグがある。」

佳乃は画面上のグラフを指差した。


「RE:CODEは、被験者(新太たち)の脳波データを24時間リアルタイムで解析してる。その膨大なデータを送信する瞬間、ほんの一瞬だけ、ファイアウォールが薄くなる。」


「そこから侵入して……灯さんの端末(タブレット)を探す。」

佳乃の瞳が光る。


エンターキーを叩き込む。

《Bypassing Security... Success.》

《Accessing Medical Network...》

画面に、施設内の職員リストが流れる。

そして――。

【ID: Nurse-704 / SHIRAISHI TOMORI / Status: Active (Surveillance)】


「いた……! 生きてる!」


歓声が上がる。


灯は「監視対象」として登録されているが、稼働中(Active)だ。



🔷【接触(コンタクト)の方法】


「場所は特定できた。……でも、どうやって連絡を取る?」


甲斐が身を乗り出す。

「メールや通話は無理だ。一発でバレて、灯さんが殺される。」


「分かってるわよ。」

佳乃は不敵に笑い、プログラムコードを書き始めた。


「だから……『バグ』を装うの。」


「バグ?」


「灯さんが使っている電子カルテ。そのシステムアップデートに、微細なノイズを混ぜる。……普通の人にはただの画面のチラつきに見えるけど、規則性を持たせる。」


「モールス信号か。」

真田が即座に理解した。


「正解。……灯さんなら、絶対に気づく。」



🔷【RE:CODE施設 – 廊下】


同時刻。

灯は、新太のバイタルチェックを終え、廊下を歩いていた。

手にしたタブレット端末を確認しようとした、その時。

チカッ……チカ、チカッ……。

画面が一瞬、不自然に明滅した。


故障か? と思ったが、その点滅のリズムには、明らかな「意志」があった。


ト・ト・ト……ツー・ツー・ツー……ト・ト・ト……

(……SOS?)

いや、違う。


その後に続く信号。

『N・O・I・S・E』

『W・A・I・T』

『(ノイズ・待て)』

灯は息を呑み、思わず足を止めた。

心臓が早鐘を打つ。

(佳乃ちゃん……!)

彼らは諦めていない。

外の世界から、この厚い壁を越えて、自分に触れようとしてくれている。


「白石さん? どうしました?」

背後から警備員の男が声をかける。


灯は瞬時に表情を引き締め、振り返った。

「いえ……端末の調子が少し悪いみたいで。後で交換しておきます。」


「そうですか。報告しておいてください。」

警備員が去っていく。


灯は端末を胸に抱きしめた。

冷たい機械の中に、確かな「仲間の熱」が宿っていた。



🔷【見えない約束】


地下アジト。

Message Delivered (送信完了)》


「……届いた。」


佳乃が椅子に深く背中を預け、大きなため息をついた。


「返信は求めない。……気づいてくれれば、それでいい。」


透也が佳乃の肩に手を置いた。

「よくやった。これで繋がった。」

「灯は孤独じゃない。……俺たちが必ず迎えに行くという意思は、伝わったはずだ。」


薄暗い地下室に、希望の灯火がともる。

今はまだ、点滅する信号だけの繋がり。

けれどそれは、反撃への狼煙(のろし)となる、最初の一歩だった。



🔚 第47章・完

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