第45話

📘 第45章:完全なる白紙


(壊れたのなら、直せばいい。

傷跡ひとつ残らないほど、完璧に、美しく。)



🔷【RE:CODE最深部 – 尋問室】


コンクリートの壁に囲まれた真っ白な部屋。

手錠をかけられた灯(ともり)が、パイプ椅子に座らされていた。


扉が開き、結城維人が静かに入ってくる。


その表情には、怒りも動揺もない。ただ、実験データを分析する学者の目だけがあった。


「……君がNOISEのスパイだったとはね。白石君。」

結城はタブレット端末を見ながら、淡々と言った。

「本来なら、即時処分(処刑)するところだ。……だが、君は逃げずに残った。」

「なぜだ?」


灯は顔を上げ、結城を真っ直ぐに見返した。


「……私の患者だからです。」


「患者?」


「新太さんは……まだ治療の途中です。彼を見捨てることは、看護師としてできません。」


結城は少しだけ眉を上げ、興味深そうに微笑んだ。

「なるほど。……その異常なまでの執着。君は、貴重なサンプルになるかもしれない。」



🔷【実験の失敗と修正】


結城はモニターを操作し、壁面に新太の脳波データを映し出した。


「今回の暴走で、一つの結論が出た。……『抑制(よくせい)』では限界があるということだ。」

「過去の記憶を押し込めても、感情(残響)は漏れ出す。それが今回のエラーの原因だ。」


結城の声が、冷たく響く。


「だから、変えることにしたよ。」


「変える……?」


「ああ。過去を『隠す』のではなく、完全に『消去』し、新しい記憶で埋め尽くす。……継ぎ目の一切ない、完璧な人格を作り上げる。」


灯の背筋が凍る。


それは、翔真という人間が、今度こそ完全に殺されることを意味していた。



🔷【沙耶 – 廃棄寸前の人形】


ガラス越しの隣室。

そこには、首に包帯を巻いた沙耶が、虚(うつ)ろな目で座っていた。


「沙耶。」


結城がマイク越しに呼びかける。

沙耶がビクリと肩を震わせた。


「君の演技(サポート)には失望した。……だが、君もまた被害者だ。」

「新太のアップデートに合わせて、君の設定も調整する。……もっと明るく、もっと悩みなどない、幸せな妻になれるようにね。」


沙耶は震える唇で、小さく頷いた。

それは救いのように聞こえて、実のところは「心の死」への宣告だった。



🔷【灯の役割】


結城は再び灯に向き直った。


「君を生かしておこう、白石君。」

「君には、新しく生まれ変わる『彼ら』の経過観察を命じる。……過去を知る人間がそばにいて、それでも彼らが過去を思い出さなければ、私の理論は完成する。」


灯は拳を握りしめた。

実験動物の飼育係になれと言うのか。

けれど、灯はここで死ぬわけにはいかなかった。


外には、月陽がいる。

いつか必ずここを出て、あの子のもとへ帰らなければならない。

(……耐えてみせる。)

(どんなに完璧なウソで塗り固められても……私は、真実を覚えておく。)


「……分かりました。その命令、受けます。」

灯の答えに、結城は満足そうに頷いた。



🔷【再始動 – オペレーション・クリア】


数日後。

集中治療室。

手術台の上で、新太が静かに眠っている。

無数のケーブルが頭部に繋がれ、データの書き換えが行われていた。


《Memory formatting... 98%... 99%...》

《Installation complete.》

モニターに【Complete(完了)】の文字が浮かぶ。


新太のまぶたが、ゆっくりと震えた。

灯はベッドの脇で、祈るようにその顔を見つめていた。

もう、そこには「翔真」の苦悩も、「新太」の迷いもない。


ゆっくりと目が開く。

その瞳は、澄み切った青空のように明るく、そして恐ろしいほど空っぽだった。


「……おはよう、新太さん。」

灯が声をかける。


新太は瞬きをして、子供のような無邪気な笑顔を向けた。

「……おはよう。……ここは?」


「病院ですよ。少し、悪い夢を見ていたんです。」


「そっか……。なんか、すごくスッキリしてるんだ。」

新太は伸びをして、笑った。


その笑顔には、一点の曇りもなかった。

かつて娘を愛し、妻を殺した男の「痛み」は、きれいさっぱり消滅していた。



(こうして、地獄は楽園へと塗り替えられた。

誰も傷つかない、誰も悲しまない。


――ただ、誰も「本当のこと」を知らない世界へ。)



🔚 第45章・完

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