第44話

📘 第44章:猛き獣の安息所


(その男の背中には、

消せない「紋章」と、推しへの「深すぎる愛」があった。)



🔷【路地裏の純喫茶 – 夕暮れ】


廃墟寸前のビルが立ち並ぶ旧市街地。

ルカの案内でたどり着いたのは、錆びついた看板に『Café 琥珀(こはく)』とだけ書かれた、古びた喫茶店だった。


「……本当に入って大丈夫なのか? 警察の巡回ルートだぞ。」

真田が周囲を警戒しながら囁く。


しかしルカは自信満々に頷いた。

「大丈夫! ここは私の『イチオシ』の場所だから!」


カウベルの音が鳴り、重い木の扉が開く。

店内は薄暗く、コーヒーと古い木の香りが漂っていた。

ジャズが静かに流れ、カウンターの奥には、一人の男が立っていた。



🔷【志 紋之丞(こころざし もんのじょう)】


「……あァ? 今は貸切だ。帰んな。」


地響きのような低い声。

身長190センチを超える巨体。

袖をまくり上げた太い腕には、かつて「族」を率いていたことを物語る、龍と桜の刺青(タトゥー)がびっしりと刻まれている。

顔には古傷。鋭い眼光は、完全に堅気のそれではない。


志(こころざし) 紋之丞。

かつて関東一円を震え上がらせた伝説の暴走族総長であり、現在は寡黙なバリスタだ。


「ヒッ……!」

月陽が透也の足にしがみつき、震え上がった。


真田と甲斐も思わず銃に手をかける。

一触即発の空気。


しかし、ルカがフードを外し、ぴょんと前に出た瞬間――世界が変わった。


「紋ちゃーん! 久しぶりっ!」


紋之丞の動きがピタリと止まった。

「……ル、ルカ……ちゃん……?」


恐ろしい形相が、瞬く間にふにゃりと崩れ、頬が赤く染まる。


「お、お、おおお久しぶりですッ! ルカちゃん!! 今日はライブじゃなかったんですか!? い、いや、まさかこんなむさ苦しい店に来てくれるなんて……!」


声が裏返っている。

さっきまでの殺気はどこへやら、彼は慌ててエプロンを整え、直立不動で敬礼した。

透也たちは、あまりのキャラ変に口をあんぐりと開けた。



🔷【極道バリスタの魔法】


「お連れ様でしたか! 失礼しやしたッ!」


紋之丞は、透也たちを席に案内すると、再びキリッとした顔でエスプレッソマシンに向かった。

ただし、鼻歌まじりだ。

コトッ。


月陽の前に置かれたのは、湯気を立てるホットミルク。

その表面のふわふわの泡には、チョコレートシロップで、見事な「ルカの似顔絵」と「ウサギ」が描かれていた。


「……え? すごい……。」

月陽が目を丸くする。


紋之丞は、照れくさそうに頭をかいた。

「……ルカちゃんのお連れさんなら、特別サービスだ。」

「……熱ぇから、フーフーして飲めよ。」


月陽は恐る恐るカップを両手で包み、一口飲んだ。

甘くて、温かい。


「……おいしい。」


月陽の強張っていた頬が、久しぶりに緩んだ。

それを見た紋之丞は、「へっ」と嬉しそうに笑い、ルカに向かってVサインを送った。



🔷【地下への招待】


「……なるほど。ルカちゃんのお願いとあっちゃあ、断れねぇな。」


事情を聞いた紋之丞は、腕組みをして頷いた。


「RE:CODE……気に食わねぇ連中だ。俺の大事な推し(ルカ)を悲しませるような奴らは、全員地獄行きだ。」

彼はカウンターの奥にある、従業員用の扉を指差した。


「下の倉庫を使ってくれ。……ちょっと埃っぽいが、警察もヤクザも、俺の店には手出しできねぇ。」

「家賃はいらねぇ。その代わり……。」

紋之丞はモジモジしながら、ルカに色紙とペンを差し出した。

「……サイン、日付入りで頼めますか?」


ルカは「もちろん!」と笑顔で快諾した。



🔷【仮初めの団欒】


その夜。

地下倉庫に簡易ベッドを運び込み、NOISEの新しい生活が始まった。


上からは、上機嫌な鼻歌(ルカのデビュー曲)が微かに聞こえてくる。


「……面白い人だったね。」

月陽が、飲み干したカップを大切そうに抱えて呟いた。


そのカップには、まだ微かにミルクの甘い香りが残っていた。


甲斐が苦笑しながら頷く。

「ああ。……人は見かけによらないな。」


バリスタ・紋之丞。

強面で、元ヤンで、重度のドルオタ。

この風変わりな男との出会いが、傷ついた月陽の心を、少しずつ温めようとしていた。


今はまだ、誰もこの先の未来を知らない。

けれど、コーヒーの香りと推しへの愛に包まれたこの場所は、確かに彼らの「ホーム」になりつつあった。


そして、ここを新たな拠点として――。


置き去りにしてきた大切な家族、灯を取り戻すための戦いが、静かに始まろうとしていた。



🔚 第44章・完

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