第42話

📘 第42章:愛という名の矛盾


(真実を伝えることが正義なら、

なぜ俺たちは今、こんなにも口を🔷【NOISEの隠れ家 – 早朝】


古びたビルの地下室。

コンクリートの冷たい部屋に、毛布にくるまれた月陽(つきひ)が座っていた。


「……パパ? ……ママ?」


小さな声が、静寂に響く。

彼女の周りにいるのは、見知らぬ大人たち。

透也、真田、佳乃、甲斐、ルカ。

全員が泥と**煤(すす)**で汚れ、疲労困憊の体で、しかし誰も月陽と目を合わせられずにいた。


月陽の瞳から、大粒の涙が溢れ出す。

「いや……かえして……おうちに、かえしてぇ……!」

その泣き声は、透也の胸を鋭利な刃物のようにえぐった。



🔷【別室 – 大人の葛藤】


「……どう説明する気だ。」

真田が低い声で問いかける。


隣の部屋からは、ルカが必死に月陽をなだめる声と、止まない泣き声が聞こえてくる。


透也は壁に拳を押し当て、俯いていた。


「……真実を、話すべきだ。」


透也の声は震えていた。


「あの子は光生(みつき)の娘だ。俺の姪だ。……あんな偽物の両親じゃない。俺たちが本当の家族なんだと、教えるべきだ。」

「それが俺たちの戦いだろう!? 作られた記憶(RE:CODE)を壊して、真実を取り戻すのが!」


透也の叫びに、室内が沈黙する。

正論だ。彼らはそのために命を懸けてきた。

しかし――。


「……言えるのかよ。」


口を開いたのは、怪我の手当てを受けていた甲斐だった。


「あの子に。『お前のパパは、ママを殺した殺人鬼だ』って。『優しかったママは、国が用意した監視役の偽物だ』って。」


「それを伝えることが……あの子を救うことなのか?」



🔷【翔真の願い】


甲斐は、血の滲む包帯を握り締め、翔真の最期の言葉を思い返した。

『あいつに……あんな絵、描かせんじゃねぇぞ。』


「……あいつは、言ったんだ。月陽に、過去の悲劇(え)を思い出させるなって。」


透也が甲斐を睨みつける。


「殺人鬼の言葉に従えと言うのか!」


「父親としての言葉だ!!」


甲斐が叫び返す。

「あそこで、あいつは……自分の命と引き換えに、月陽を逃がした! ……あの子の中で、新太は『優しいパパ』のままなんだよ!!」


その言葉に、透也は言葉を失った。

もし今、真実を告げれば、月陽の心にある「愛された記憶」すらも、すべて「汚らわしい嘘」に変えてしまうことになる。

それは、RE:CODEが行う精神破壊と、何が違うというのか。



🔷【月陽との対面】


透也は一人、月陽のいる部屋に入った。

月陽は泣き疲れて、ルカの膝で肩を揺らしていた。

透也が入ってくると、怯えたように身を縮める。


「……おじちゃん、だれ……?」


透也は膝をつき、月陽の目線に合わせた。

その瞳は、死んだ妹・光生に瓜二つだった。

(光生……俺は……。)

(お前の娘に、残酷な真実を突きつけることが……本当に正義なのか?)

喉元まで出かかった「俺が本当の家族だ」という言葉を、飲み込む。

そして、震える唇で、人生で最も重い嘘をついた。


「……パパとママはね。」


月陽が顔を上げる。


「……遠いところに、行かなきゃいけなくなったんだ。……君を、守るために。」


「……まもる……?」


「そうだよ。だから……しばらくの間、僕たちが君を預かることになった。」


「……パパ、くる? あとで、くる?」

透也は拳を強く握り締め、爪が皮膚に食い込む痛みで涙を堪えた。


「……うん。……いつか、きっと。」



🔷【たどり着いた答え】


月陽は、まだ不安そうに、けれど少しだけ安堵したように頷いた。

嘘が、彼女の心を繋ぎ止めたのだ。


部屋の外で聞いていたNOISEのメンバーたちも、静かに目を伏せた。

透也は月陽の頭を撫でながら、心の中で自嘲した。

(俺たちは、負けたんだ。)

(RE:CODEを否定しながら……結局、俺たちも「都合のいい物語(改訂)」で、この子を騙している。)

真実よりも、優しい嘘を選んだ瞬間。

彼らは「革命軍」から、「家族(共犯者)」へと変わった。



🔷【矛盾の抱擁】


「……ご飯、食べようか。」

ルカが明るく振る舞い、サンドイッチを差し出す。


月陽はおずおずとそれを受け取り、小さな口でかじりついた。


その姿を見つめながら、透也は決意した。

(この子が大人になるまで……この嘘を守り抜く。)

(それが、俺たちの……罪滅ぼしだ。)


薄暗い地下室。

窓のない部屋で、歪な形をした「新しい家族」が動き始めた。

それは、将来世界を覆うことになる「痛みのない世界」への、小さな、けれど確かな第一歩だった。



🔚 第42章・完

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