第16話
📘 第16章:鎖を刻む手
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(誰かのために生きてきた。
でも今は……誰のために死ぬんだ、俺は――。)
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🔷 【医療班モニタールーム】
2046年、夏。
白い蛍光灯が鈍く反射する、RE:CODE研究所 第3階層 記録改訂処置室。
甲斐仁は静かにモニタールームの端に座り、薄い笑みを浮かべていた。
(ここまでか……)
目の前の端末には、自分自身のカルテデータと、数行の暗号コードが表示されている。
【R_KAI_MEMO.EXE】
それは、彼が数日前から書き溜めていた“記憶の抜粋”だった。
「……これでいい。」
誰にも聞こえないように呟き、最後のキーを叩く。
データは、研究所のメインサーバー深層に暗号化され、隠蔽された。
(いつか、誰かがこれを開ける時が来る……。)
薄れゆく意識の奥で、真羽や光生の顔が揺らめいた。
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🔷 【甲斐の心理】
処置室へ移動する直前。
甲斐は誰もいない廊下で、壁にもたれかかっていた。
(……俺は……何を救おうとしてた?
患者か……制度か……それとも、自分自身か……)
指先が微かに震える。
(……本当は……ただ……)
瞼を閉じると、あの日、血塗れの床に崩れ落ちた光生の姿が蘇る。
(……ごめん……救えなくて……)
乾いた笑みが唇を歪めた。
(でも、あんたの“理想”だけは……この中に残しておくから……)
背を離すと、足取りは決意の重さを纏い、処置室へと向かった。
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🔷 【記録改訂準備】
処置室の外では、橘がタブレットを操作しながら結城に問いかけていた。
「主任。甲斐チーフを改訂するなら、研究所内で働かせ続ければいいのでは?」
結城はホログラム上に投影された、甲斐の神経データを無表情で眺めていた。
「……それも一案だな。」
「医療班は人材不足です。わざわざ社会に戻す必要は――」
結城はそこで言葉を切り、灰色の瞳を細めた。
「いや。」
「……主任?」
「“元RE:CODE研究所医療班”。」
短く呟き、指先で甲斐の記録改訂シークエンスに別のコードを追加する。
「NOISEは今、光生を失い混乱している。そこに“国家直属研究所出身の医師”が接触すればどうなる?甲斐は改訂するが、一部の記憶は残す。」
橘は目を見開いた。
「まさか……NOISEに、潜入させるつもりですか?」
「“潜入”ではない。“再構築”だ。」
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🔷 【記憶再構築シークエンス】
ホログラム画面には、新たな改訂プロトコルが表示されていた。
【記憶改訂項目】
– NOISE理念への共感
– 国家への忠誠
– 潜入活動指令:敵性思想監視
「……スパイとして送り込む?」
「当然だ。」
結城は淡々と答えた。
「甲斐仁は優秀だ。だが、優秀さゆえに余計な情動が芽生える。」
ホログラムに映る、甲斐の過去カルテ――
(“患者の苦痛を和らげたい”“記録改訂法への倫理的疑念”)
「NOISEは、彼のような医師を喉から手が出るほど欲しがるだろう。光生の次に、な。」
橘は震える息を呑んだ。
「これが……理想社会のためですか。」
結城は答えなかった。
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🔷 【処置室 – 改訂開始】
電子音が鳴り響き、処置チェアの上で甲斐の身体が微かに痙攣した。
【記憶改訂プロセス開始】
結城は無表情でモニターを見つめ続ける。
(……これでいい。)
(社会は“理想”に近づく。必要なのは、結果だけだ。)
ホログラムには、甲斐仁の新しいプロファイルが淡々と更新されていった。
【NOISE潜入スパイ – コード:K-01】
彼が残した暗号化メモの存在を知る者は、誰もいなかった。
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🔚 第16章・完
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