第2話 濁り酒と古き鉄の匂い

扉が開いた瞬間、雨の冷気と共に「鉄の匂い」が流れ込んだ。


 喧騒に包まれていた酒場が一瞬、静まり返る。入口に立つアランの背負った巨大な布包み――隠しきれない重厚なフォルムに、酒場の手練れたちの視線が突き刺さった。


​「……また、威勢のいいのが来たね」


 カウンターの奥で、紫のローブを纏った女性、リリスが薄く微笑んだ。その瞳はアランの顔を一瞥し、即座にその背中の「錆びた鉄塊」の正体を見抜いていた。


(その目、そしてその剣……間違いない。ギルフォードの息子だね)


​ リリスは心の動揺を酒瓶の裏に隠し、仕事用の冷徹な声を出す。


「新入り、雨宿りなら歓迎するよ。だが、王の金に釣られてここに来たのなら……まずはその泥を落としてからだ」


​ アランがカウンターに近づこうとした時、その横から岩石のような巨体が割り込んできた。ドワーフの戦士、バルカだ。


「ハッ! 景気のいい装備じゃねえか小僧。アイゼンハルトの最高級の鋼だろ? だが、そんなに錆びつかせちゃ、ナマクラ以下の鉄屑だ。お前さんの腕じゃ、塔のゴブリンの爪楊枝にもなりゃしねえな!」


​ バルカは豪快に笑いながら、アランの肩を叩く。その大きな掌には、戦友ギルフォードと共に死線を越えた者だけが知る、震えるような懐かしさがこもっていた。


「俺はバルカだ。ま、せいぜい死ぬ前に美味い酒でも飲んでいくんだな!」


​「バルカ、意地悪言わないでよ!」


 二人の間に割って入ったのは、小洒落たスカーフを巻いたホビットの少女、ミラだった。彼女はアランを見上げ、その瞳をキラキラと輝かせる。


「私はミラ。この酒場で一番のスカウトだよ! お兄さん、ノルガルドから来たんでしょ? 100人斬りの噂、本当なの?」


​ ミラの屈託のない言葉が、張り詰めた空気をわずかに緩める。だが、酒場の隅、影の溜まる席から冷ややかな声が飛んだ。


​「……英雄の血など、魔道の前では無価値よ」


 銀髪のエルフ、セフィアが眼帯のない左目でアランを射抜く。


「復讐を遂げたいなら、無駄な馴れ合いは捨てることね。バーダックは、貴方が思っているほど甘い男じゃない」


​ その言葉に、僧侶のコルネが静かに頷いた。


「セフィアの言う通りだ。若者よ、私はコルネ。神の慈愛など信じぬ僧侶だが、傷の手当だけはできる。死にたくなければ、まずは己の背負っているものの重さを知ることだ」


​ アランは周囲を囲む「曲者」たちの言葉を黙って聞き流した。


だが、酒場の最奥、一際深い闇の中に座る男 ヴォルガレスと目が合った瞬間、背筋に凍りつくような悪寒が走る。

 男は何も言わず、ただ酒杯を揺らしている。だがその指に光る「赤い指輪」が、アランの錆びた剣に共鳴するように、鈍く脈動した気がした。


​「……俺はアラン。バーダックを討ちに来た」


 アランが短く告げると、カウンターでリリスがフッと自嘲気味に笑った。


​「いい度胸だ。……いいかい、ミラ。このお兄さんと、あんたを『繋いで』あげる。それが、師匠を救うための私の賭けだからね」


​ アランはまだ知らない。リリスが自分とミラにかけようとしている「アルカナ・リンク」という残酷な呪縛の意味を。

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境界のアルカナ  魔法石と四人の意志 不知火 甚平 @liberal_project

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