第5話 貴方の夢は終わらない!

厚生省。

第九回『憲法改正に係る新規モデル事業検討会議』にて。


「ついに、ついに映画が公開され、ブルーレイ化も控えております。会議に参加された皆々様方のご支援に、私を始め関係者は感謝の意を隠せない思いであります!」

「いやいや、何度見ても素晴らしい映画だね。」

「うむ。まさ我が労働厚生省の日頃の成果を体現するに相応しい出来栄えだよ。」

「あ、このエンディング曲、私が歌っているのだよ。いやぁ、レコーディングなんて始めてだから緊張したなぁ。」

「おっと、この場面、エキストラで私が登場しているんです。出演料まで貰っているのに、この演技力。いやぁ恥ずかしいなぁ。」



映画公開から3日後、

【俺の映画】がブルーレイ化され、一般販売された。

労働厚生省のお墨付きポップと共に陳列された俺の映画のブルーレイ。

ポップに描かれた『大志を抱け』のキャッチコピーが眩い。



半月後。

大量の【俺の映画】が、ワゴンセール用のスペースに積み重ねられていた。

全く売れていない。

50%OFFのシールが貼られた俺の映画。

そのシールも、3日後には70%OFFに変わっていた。

さらに数日後。90%OFFに。

もはや、ただ売り同然の扱いである。


それはある意味、俺の価値の下落だった。

俺は、何もしていない。

労働厚生省の意向に従って『映画化』という状況に巻き込まれただけの筈だ。

なのに…。

なんだ、この気持ちの落ち込みは。

まるで『俺には何の価値も無い』と、そう社会に叩きつけられた。

そんな陰鬱な気持ちを俺は抱いていた。



厚生省。

第十回『憲法改正に係る新規モデル事業検討会議』にて。


「さて。何故あの映画の売れ行きが好ましく無いのか。今日はそれを検討したいと考えております。」

「そうですね…。我々のプロジェクトは完璧でした。それなのに何故失敗したのでしょうか?」

「いやいや、失敗とはまた早計だ。今回の結果から判明したことを分析し、次の機会に繋げる。それこそが肝要だ。」

「そうですね、そのための会議です。一度の失敗に必要以上に拘ることはありませんね。」

「そうですそうです。次です次。」

「…そうだね。で、担当者である君はどう思う?」

「はい。我々のプロジェクトは完璧、完璧でした。しかし惜しむらくも足りなかったのは…そう、彼の、【モデル第一号】の彼の魅力が足りなかったのです!」

「「「なるほど!」」」

「ですから。ですから次は、その改善策として彼の魅力をあげる方向に舵を切ろうと考えております。」

「「「それは素晴らしい!」」」

会議室に万雷の拍手がこだまする…。



映画の公開以降、俺は外出を控えていた。

テレビでは連日、【俺の映画】の話題が続いていた。

老齢の社会評論家が、俺の映画の価値を辛辣に評価する。

「何がしたかったんですかねぇ」

「主役の彼は社会の恥ですねぇ」

街角インタビューを受けた女子高生が俺の存在を辛口に評価する。

「ちょっと気持ち悪いよね〜」

「私も彼はパス。面白くないし〜」

「イケメンでもないしオシャレでもないし、ビンボーだし、価値無いよね〜」


既に社会の誰もが俺を知っていた。

その上で【俺の映画】を、俺自身を勝手に評価している。

そんな中で外出などできる筈も無い。

どの面下げて世間に顔を出せというのだ。

会社にも休みを貰っている。



「売れないじゃないですか…。」

自宅に現れた役人に、俺は不満と文句をぶつけた。

「どうしてくれるんですか! 恥ずかしくて外にも出れないんですよ!」

こんな事態になったのは全て、この役人の責任なのだ。

「いえ、いえ、安心を、安心をして下さい。これも全て我々厚生省の戦略の、戦略のうちなのですぞ!」

「は、はぁーー!?」

役人に悪びれる様子など皆無であった。


「我々官僚の戦略が、間違う筈など、筈など無いのですよ。全ては作戦のうちです。」

何を言っているんだ、この役人は?

俺に無断で決行した無理矢理な映画撮影。

大失態の映画公開。

全く売れないブルーレイ。

これだけの失敗をして、一体何が作戦だと言うのだ?


そんな俺の疑惑など感じる様子もなく、役人は言葉を続ける。

「この映画を、映画を通じ、貴方の姿を世間は知る事に、知ることになりました。それこそが我々労働厚生省の狙い、狙いなのですぞ。」

「は、はぁ…。」

厚労省である我々は絶対に間違っていない。役人の言葉はその確信に満ちていた。


「貴方は我々の、我々の目的をお忘れですか? 我々の目的は、貴方を! 貴方という人間の価値を売り出し、社会の希望に! 希望にする事なのですぞ! この映画化は、その最初の一歩! 偉大な礎の楔なのですぞ!」

「な、なるほど…。」

役人の大言と勢いに飲まれ、俺は言葉を失う。

「貴方が、貴方だけが、この夢見る事を失ったこの国の、最後の、最後の希望なのですぞ! どうか、どうか、我々に力を貸して頂きたいのです!」

「え…あ、はい…。」

繰り返される役人の、その力強い言葉の数々。

夢。

希望。

社会を変える。

国を変える。

この、俺が?

「全てはこれから! これからなのです!」

役人の弁舌に、俺の心を再び絡め取られ始めた。


「…貴方にも、幼い頃に想像した将来の理想像…夢があったでしょう?」

役人が優しく俺に語りかける。

夢。確かに、ある。

今だって、夢に見ている。

「貴方の夢は、我々が終わらせません!」

役人がそう言い切る。断固として。はっきりと。力強く。


「貴方は忘れていない筈です。

ずっと心に抱えている筈です。

幼い貴方の中に膨らみ始めた夢を。

今、貴方は大人になりました。

何のためにあなたは大人になったのですか?

夢を叶えるため。

そのために大人になったのでしょう?」

…そうだ。俺にも叶えたい夢があった。

「その貴方のその気持ち、我々は、無駄にしたくありません。どうか、どうか、同じ夢見る若者に、貴方の力をお貸し下さい。どうかどうか、世界の希望になって下さい!」

「解りました。俺で良ければ、力になります!」

役人の言葉に感銘を受けた俺は、誓いを新たに、役人に協力を申し出た。


「ありがとう! ありがとうございます。では、こちらに書類にサインをお願いします。」

俺は差し出された書類の文面に目を通す。

『貴殿(以降甲)は労働厚生省(乙)の帰化に入る事を継続し、甲は乙の指導の基に発生する如何なる損害においての責任は乙の庇護下に置かれる限り甲に生じその責任を継続する限りにおいて乙は甲の損害を保証するものとし…』

小難しい文々が並べらている。

「えっと、これ、どういう内容なんですか?」

「はいはい、意味としては、今後、貴方が我々に協力して頂ける限り、貴方に生じた如何なる損害も我々が保証する、ということです。」

「はあ、なるほど。」

納得した俺は書類にサインをする。

その時の役人の表情にニヤリとした笑みが浮かんでいたのは、きっと見間違いだろう。

「では、これより【貴方の映画】第二段の撮影を始めます。」



…やってしまった。

役人が俺に差し出した小難しい言葉の羅列した契約書。

だが俺はまたもその内容をよく確認もせず、役人の言葉を鵜呑みにし、希望の言葉に踊らされ有頂天となり、言われたままにサインをしてしまった。

俺はその時の己の軽率な行為を、後に死ぬ程後悔する。


当然、後に俺は役人に文句をぶつけた。

だが…。

「どんな損害でも保証する。それは裏を返せば、損害さえ保証すれば、我々は貴方がどのような被害が被られようとも構わない、ということなんですよ。

更には、ここでやめれば契約破棄ということになり、全ての責任は貴方自身に発生し、このプロジェクトに費やした巨額の費用は全て貴方に支払いの責任が生じる事になりますよ?

このまま我々に協力して撮影を行い、国の希望になるか?

巨額の借金を抱えたまま、平凡な人生を送るか?

どちらでも、我々は、構いませんよ?

さぁ、さぁ、どうなさいます?」


後に俺は、国家という巨大な機関の、その暴力にすら例えられる強大な権力を身を持って味わう事となる…。

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