第4話 【俺の映画】本邦初公開!
厚生省。会議室。
第八回『憲法改正に係る新規モデル事業検討会議』にて。
「…という経過を経まして、ついに先程【モデル第一号】の彼の理解と了承も得れました。明日より映画は封切り、全国同時上映と相成ります。皆さま、どうぞ、どうぞ楽しみに下さい。」
パチパチパチパチ!!
会議室の参加者達の手元から、万雷の拍手が鳴り響く。
「以前の会議でのご検討の通り、映画という表現の手段は最高の影響を国民に与える事でしょう。会議に参加された皆様方のご想像通り、映画というジャンルと【モデル第一号】という存在が出会う時、この二つの存在はスパーク! スパークし共鳴! その結果、社会に『夢』という大輪の希望の華が咲くのです!」
会議室に再び万雷の拍手が響く。
その拍手の嵐は、この会議での検討内容を会議参加者が満場一位で認めていることの証明でもあった。
「素晴らしい成果だ。これからもよろしく頼むよ。」
「はい! 事務次官!」
◆
俺の映画公開当日。
俺は労働厚生省の手配したタクシーに揺られていた。
「ところで、俺の映画は、どんな内容なんですか?」
俺は隣に座る役人に訊ねる。
「ホラーです。」
「は? ホラー? マジですか?」
…なんでそんな人を選ぶジャンルにしたんだよ…。
「えっと、ホラーなんかにして、お客さんは喜ぶんですか?」
「はい。当然ですよ。我ら、我ら労働厚生省の市場調査と研究によれば、ホラー映画が世の中に与える影響は計り知れません。」
「は、はぁ…。」
「かの有名なパニック映画『ジョーズ』。公開されると鮫への恐怖海水浴客の激減のみならず鮫の乱獲という社会現象を引き起こしました。
又、かの有名なドールホラー『チャイルドプレイ』は、多くの子供に人形の恐怖を与え、それは玩具の売れ行きに大きなダメージを与えました。」
えらくマニアックなジャンルの市場調査だな…。
タクシーが映画館前に停まる。
俺と役人は揃って車から降りると、映画館に足を踏み入れた。
「ちなみに、本日の上映前と後に、貴方の舞台挨拶を用意しています。ご了解、ご了解下さい。」
「は?」
役人の言葉に俺は驚きの声を挙げる。
「ぶ、舞台挨拶? 俺が? 皆んなの前に出るの?」
「はい。そうです。だからわざわざお迎えに、お迎えにあがったのですぞ。さぁ、さぁ舞台に向かって下さい。」
「や、やだよそんないきなり! 心の準備が…。」
舞台挨拶を促す役人だったが、逃げ腰で後ざする俺の様子を見て、
「…仕方ありませんね…。」
と、役人は呟き、右手を挙げて指をパチンと鳴らす。
「う、うわ! なんだよあんた達!」
役人の合図で屈強な体躯の背広の男が二人現れ、俺の両腕を両側から掴み上げた。
そしてそのまま投げ出されるように、舞台上に投げ出された。
舞台の上に立たされた俺の姿を瞬くスポットライトが捉える。
舞台袖の暗闇から飛び出した俺の司会は眩い照明に対応できす、視界が白く染まる。
その時。
「Ladies and gentlemen!! お集まりの紳士淑女の皆様方、ようこそお越し頂きました!』
マイクを通して館内に響くその声は、例の役人である。
『本日は、労働厚生省主体の新事業【夢見る青年モデル事業】の偉大なる一翼を担うプロジェクト、【⚪︎⚪︎の映画】の初上映にお越し頂き、万感の思いです。』
映画館内にフラッシュが瞬き、再び俺の目が眩む。
『本日の公開前に舞台に立つスペシャルゲストは、
この映画の主人公であり!
そして一億二千万人の中から選ばれた本プロジェクトの期待のポーラースター!
○○です!!
どうぞ、万雷の拍手でお迎え下さい!!」
役人の大袈裟な紹介の後、館内を万雷の拍手が包み込んだ…
などということはなかった。
俺の耳に聞こえるのは、容易に人数を把握できる程の、パラパラとした僅かな拍手の音のみ。
スポットライトの光に慣れた俺が眼を開けたそこには…。
カメラとライトを手にした2、3人のリポーター。
そして、客席に座る20人程の観客の姿だった。
これが本当に映画初公開日の光景なのか?
「もう一度、万雷の拍手をお願いします!」
拍手喝采を求める役人の声が再び館内に流れる。が。
…。
館内を包む静寂。
拍手はなかった。
数少ない観客も無言である。
パシャパシャと、申し訳ない程度のフラッシュの音だけが館内に響く。
レポーターの一人が、マイクを俺に向ける。
「え~、栄えあるプロジェクトの中心に抜擢されて、え~、どんな心境でしょうか~。お答えくださ~い。」
全くやる気の見えない間延びした声で、リポーターが俺にインタビューを行う。
「え、えっと、緊張してます。俺なんかが…」
「はい~、ありがとうございます~。」
言葉の途中でマイクを外された。
取り敢えずこの場にいて、取り敢えずマイクを向ける。義務的に。中身はどうでもいい。
そんな態度が透けて見えるインタビューだった。
無言の観客と、やる気の無いレポーターに囲まれて、嫌が応にも注目度の軽さを味わいながら、俺の人生初の舞台挨拶は終わった。
だが、まだ上映後の挨拶も控えている。
「はぁ…。」
客席に腰を降ろした俺は溜息を吐く。
せめて、映画が面白ければいいのだが…。
期待していいものか…。
俺の心の中の嫌な予感が広がるのだった。
◆
三時間後。
スクリーンに映画のスタッフロールが流れる。
…自分で言うのもなんだが、欠片も面白くない。
この映画は(凄く頑張って格好良く言えば)俺が『俺』という役を演じている映画となるのだろう。
同時にそれは『俺の日常を写している』だけの映像だ。
加えて、俺自身が撮影(盗撮)されている事を認知していないのだから、俺が意識的に台詞を口にする事もなければ意味のある場面など皆無である。
更には、三時間という長尺を埋めろとばかりに10分に一度は挟まれる宣伝映像。しかもその宣伝も現政党のPR映像や納税の重要性を説くといったものばかり…。
面白いわけがない。
ついでに言えば、映画のジャンルなホラーな筈なのに、全く怖くない。
予想の斜め上を突き進んだ映像の出来栄えに、半ば呆れ、半ば呆然とする俺は、隣に座る労厚省の役人に恐る恐る訊ねる。
「あの、これ、ホラー映画なんですよね?」
「はい。そう、その通りです!」
「…ホラー要素はどこに?」
「健康保険料納税義務の映像の後に、風邪をひいて自宅で寂しく過ごす貴方の姿が、姿が映されたでしょう?」
「はぁ。」
「納税の義務を怠ると病に罹っても病院にも行けず大変ですよね。あの映像には、そのような意味が込められて、込められているのです!」
「はぁ…。」
「国民の義務を果たさないとどうなるか。想像しただけでも…。」
「…。」
「怖いですよね!」
「…。」
…ちなみに俺はちゃんと健康保険料は納めている。
「あの…この映画…売れるんですか?」
「当たり前、当たり前ですぞ!」
この役人、即答である。
「この映画の撮影の為に最高の技術スタッフを雇い、最高の機材を揃え、映像・編集も我が国の最高峰の映像美を実現!」
「はぁ。」
「更には、撮影環境にも高額の投資を行い、そして主役である貴方に一切認識されない程の小型化かつ高性能カメラの開発!」
「は、はぁ。」
「この映画の為に、一体どれ程の、どれ程の巨額な金が動いていると思っているのですか!」
映画を一本撮影するに費やした多額の金銭…。
その金額を想像し、背後に冷や汗が流れた。
…これ、失敗したら、どうなるんだ?
「さぁ、さぁ舞台挨拶に参りましょう!」
役人の声で再び現れた背広の巨漢が俺の腕を掴み上げ舞台に連れて行く。まさに連行。
「うわぁ!」
閉められたスクリーン正面に放り出される俺。
観客の冷たい幾多の視線が俺を捉える。
「あ、あの…。」
客の反応はない。
冷たい緊張感を味わいながら、
「ほ、本日は、こ、この映画の公開に、お、お越しいただ…」
と、しどろもどろに謝辞を述べようとする。
が、
「……めよ」
?
一人の観客の呟きが耳に入る。
「…っこめよ」
…。
「引っ込めよ!」
「つまんねえんだよ!」
「金返せ!」
「時間の無駄だ!」
「面白くねぇんだよ!」
多数の怒声が舞台に立つ俺にぶつけられた。
「つまらない!」
「失せろ!」
「帰れ!」
「金返せ!」
「金返せ!!」
「金返せ!!!」
「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」
映画に対する観客の不満が爆発した。
舞台に祭り上げられた俺に対し。
食べかけのポップコーンや飲みかけのジュースが次々に舞台に投げつけられる。
…なんで、俺が責められてるんだろう。
観客の怒りの矛先に晒されて意気を削がれた俺は、反論する気力も無く、呆然と舞台に立ち竦むだけだった。
◆
散々な舞台挨拶の後。
疲れた体をタクシーの後部座席に預けながら、俺は隣に座る役人に話しかける。
「あの…。」
「はい。はいなんですか?」
疲れが滲む俺の声。対して役人の声は明るい。
「あの映画、失敗ですよね…。」
舞台の上で幾多の人間の怒りと不満の声に晒された俺の心のダメージは大きい。
同時に、そのダメージのショックは否が応でも映画の失敗を俺に諭す。
「いや、いや、大丈夫です。後のことはお任せ下さい。まだこれから、これからですぞ。」
は?
この失態をどう挽回するんだよ?
「3日後、この映画のブルーレイ化が決定してます。」
3日後!
「ハリウッド大作にも肩を並べる初回生産量。
制作秘話やスタッフインタビューを収めた特典ディスク合わせて3枚組。
初回生産特典には労厚省ロゴマーク入りアートボックス付き。
それでいて価格はなんと、税抜き12980円。
これで売れないはずがありません!
世の中にこの映画の価値を示すには、映画化だけでは不十分。世にこの映画の価値を問うのはこれから、これからですぞ!」
…マジですか?
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