第3話 君は【モデル第一号】に選ばれた!

「ふう…。」

俺は溜息を吐きながら、手にしていた文庫本を本棚に戻す。

散らかる部屋の中とは対照的な整然と整理された本棚には、愛着のある書籍が窮屈そうに詰め込まれている。


整然と並ぶ書籍。

その本の一冊一冊に詰め込まれた、数々の物語。

世の中には、素晴らしい物語が溢れている。

小説。漫画。テレビドラマ。ゲームもそうだ。

そして…映画。


その数え切れないほどの幾多の物語を目にしている最中に、誰しもがたぶん、生涯一度は出会うだろう。

…自身の人生に強く影響を与える物語に。


美しいラブストーリーを見て感動に涙した者は、その恋物語を自分の理想だと心に抱く。

宇宙を開拓する探検者の冒険譚に魅了された者は、将来に宇宙飛行士を夢見るかもしれない。


俺にとって、今手にしている本が、それだった。

10年前に偶然購入し、その内容の面白さに一夜で読み終えた、お気に入りの小説。

その小説を読み終えた瞬間、俺の夢は始まったのだ。


そして時が過ぎ…。

その小説の映画化が決定された。

発売して10年以上経過していたにも拘らず、にである。


その小説の古くからのファンであった俺にとって、それは大変に喜ばしい事柄である。

だが、その小説が有名になる遥か以前から、その作品を気に入っていた自分にとって、お気に入りの小説の映画化は、なんだが愛用の玩具を取り上げられてしまったような、一抹の寂しさも覚える。

しかし、作家にとって、自身の作品が映像になる事は大変に嬉しく、名誉な事であろう。


「いつか、この小説の作者みたいに、人の心に残る物語を描いて見たかったな…。」


そんな独り言を呟いた後。

何気なく。

本当に何気なく。

俺はテレビのスイッチを入れ…。

…愕然とする。


そこには見覚えのある顔写真が画面に映された。

そして映し出される一つのテロップ。


『○○、ついに映画化!』


…?

……?

………え?

○○。それは俺の名前だ。

そしてテレビ画面に映る顔写真も…俺だ。


もう一度、俺はテレビを凝視する。

『○○、映画化! 明日より全国初公開!』

…間違いではない。


テレビに映るキャスターが解説を挟む。

『世間の皆様もご存知の通り、この度、○○氏は、国家主導で行われる【青年人材資源健全化育成法】の花形プロジェクトである【夢見る青年モデル事業】の第一号モデルに選ばれたのです!」


…俺が?

…映画化?

なんだそりゃ?


…一応説明しよう。

俺が映画化する。

それは、例えば『俺が書いた小説が映画化した』ではない。

俺を主演にした映画。

俺を題材にした映画。

俺をテーマにした映画。

つまり『俺自身が映画化した』という事だった。


ちなみに俺は役者ではない。

スポーツ選手でもない。

なんらかの得意技能がある訳でもない。

当然、社会を自分勝手に操作できるような現実改変系統の能力者でもない。


その上、俺は俺自身が映画化することなど、今日この時まで微塵も知らなかった。



その時。

ピンポーン。

ドアのベルが鳴る。

ベルの音にハッと我を取り戻した俺は、慌てて玄関ドアを開ける。

ドアの向こうには、スーツとネクタイをきっちり着込んだ、見るからに役人風の男性がいた。


その男性は俺の姿を確認するなり、開口一番、

「おめでとう! おめでとうございます! ○○さん!」

そう言いながら俺に花束を手渡す。

な、なんだ、何事だ?

「ど、どなたさまでしたっけ?」と慌てる俺。

「私、私は労働厚生省の者です。」

「ろ、労働厚生省?」

という事は、目の前の役人風の男性は、厚生省の職員ということか?


困惑を覚える俺を省みる事無く、その役人は言葉を続ける。

「貴方は、我が労働厚生省の実施する【夢見る青年モデル事業】のモデルケース第一号に選ばれました。おめでとうございます。」

えっと…。

困惑しながらも、俺は、

「…それって、今テレビで流れてるアレですか?」

と、テレビを指差す。

「はい、そうです。おめでとう、おめでとうございます!」

「いや、あの、俺が映画化って…? 意味が解らないんですが…。」

「は? ええと、貴方、先日郵送致しました労働厚生省からの通知書は目を、目を通されております?」

通知書?

俺はダイレクトメールなどを溜め込んだ紙束を漁る。

…あった。

役人の冷ややかな視線を背に感じながら、俺は通知書の封を切り中を覗く。


『○○殿、貴殿は栄えある労働厚生省モデル事業の第一号選ばれました。以降、貴殿(以降甲)は労働厚生省(乙)の帰化に入る事と成り、甲は乙の指導の基に甲は乙の指示を最優先に実践し、国民の労働意欲向上の希望となり、また礎となって頂く事を厳命とします』

云々と、小難しい文面が綴られている。


その文章の内容を読解するのに俺は数分を費やした。

そして、

「えっと…。ちょっと質問してもいでしょうか?」

「ええ。ええ。どうぞ、どうぞ。」

「なんで、俺、なんですか?」

と、一番の疑問を口にする。

俺が国民の希望?

なんで?

なんで、俺が?


「良い所に、良い所に、気付きました。何故なら、何故なら貴方は…」

あなたは?

俺は役人の次の言葉を待つ。

「貴方が夢を諦めた若者だからです。」

…。

「は?」

「この国家プロジェクトの立案にあたりインターネットを閲覧していた時。私の、私の目に貴方の書き込みが目に止まったのです。」

「はぁ。」

「貴方の書き込みを見て、私はピンと、ピンと来ました。」

「…。」

「貴方が夢を諦めた人間なのだと。そして平凡な存在に自ら成り下がった人物なのだと!」

「は?」

「その結果、いい歳して、結婚も出来ず、うだつの上がらない日々。つまらない刺激のない生活。ただただダラダラと時間だけが過ぎていく。寂しい一人暮らしを紛らわす術も持たず、退屈を埋めるのは部屋の棚に並べられた読書だけ。」

…何を言ってるんだ。こいつ…。

「貴方は凡人。貴方は平凡。貴方は、つまらない人間。」

「…あんた、俺を馬鹿にしてるのか?」

「まあ、続きを、続きを聞いて下さい。」

「…なんだよ。」

「ここからが、ここからが、我々労働厚生省の本プロジェクトの肝なのです!」


役人が大袈裟に両腕を広げて言葉を続ける。

「平凡で、凡人な貴方だからこそ、本プロジェクトを任せらるのです!」

それはまるで演説家のように。

はたまた舞台挨拶かのように。

役人の言葉は、迫力と確信と自信に満ち溢れていた。

「昨今、働かない、働きたくない、働く事に価値を見出せない若者が急増している。

このままでは近い未来、我が国の労働人口は激減し、国内総生産は急落、国家存亡の危機となる!

若者を意欲的に働かさねば、国は生き残れない!

女王蟻に餌を与える働き蟻の如く。

女王蜂に命を懸けて尽くす働き蜂の如く。

では、如何にして若者の労働意欲を向上させるか?

この言葉を知っていますか?

『少年よ、大志を抱け』

《Boys, be ambitious.》

ウイリアム・スミス・クラーク…。かの有名なクラーク博士は言いました。

『若者達よ、大きな志を心の中に持て。夢を目標に持て』と。

そう。今の若者に足りないのは、夢、夢なのです。

そこで私達労働厚生省は考えました。

『そうだ! 夢が無いのなら、我々が夢を与えればいいじゃないか』と。

何処にでも転がっている道端の石ころのような人生を送っている平凡で凡人な若者が、夢を抱き、夢を叶える。

そんな夢のような人生を送れる姿を、今を生きる若者達に見せればいい。

その姿を観た者は、その人生に魅せられ、自らの人生に夢を抱き、その夢を糧として労働に精を出す。

それこそが、我らが労働厚生省の新プロジェクト【夢見る青年モデル事業】なのです!

それこそが、夢半ばで平凡でつまらない人生を送る貴方が選ばれた理由なのです!」


役人の演説(?)が終わった。

「お解り、お解りを頂けたでしょうか?」

「あ、は、はい…。」

「つまり、貴方は、若者達の、いや国民全ての、いやいや我が国の希望なのです!!」

俺が、希望…。

俺が、国の希望…。

俺の、夢…。

「理解されてきたご様子ですね。」

「あの、俺はいったい、何をすればいいんですか?」

役人の熱弁と、希望という言葉に魅了され始めた俺は役人に訊ねた。

「はい、では〇〇さん。まずは、まずはこちらへサインを頂きたい…。」

役人が傍の鞄に手を入れ、一枚の書類を取り出す。

「こちらの誓約書にサインを、サインをお願いします。」

はいはい。

俺は役人の差し出した書類にサインを入れる。

「はい。ご協力ありがとうございます。」


「それでは説明をさせて頂きます。」

「はい!」

「まずは【モデル第一号】である貴方を主役に、映画を撮影します。」

ふんふん。

「貴方が映画化される事で、全ての国民が、貴方の価値を、魅力を、輝きを、理解します。

もう他人に蔑まれる事もなく、世間から弾き出される事もなく、社会は貴方という存在に魅了されるのです。

貴方という夢の存在の物語は、そこから始まるのです。」

「は、はい!」

俺の映画…。

俺が主演の映画…。

それは、魅惑なフレーズだった。

その俺の返事に役人は満足気な笑みを浮かべる。


「で、その映画はいつから撮影を始めるんですか?」

期待に胸膨らむ俺は役人に説明の先を促した。

しかし役人の次の言葉に俺は度肝を抜かれる。

「既に完成しています。」

「は?」

「筈にニュースでも取り上げられてます。」

「え?」

「ちなみに、明日から全国公開です。」

「はぁーーーーーーーーーーーーーー?」


『明日より全国公開』

…確かに先程、テレビでそんな事を言っていた。

その衝撃に俺の心の熱は一気に冷める。

「い、いつ撮影したんですか?!」

「もうずっと前からです。」

「はぁ?」

「貴方のここ数ヶ月の行動は、全て、全て撮影していました。貴方が何時に起床したか。貴方が何時に就寝したか。貴方が何のテレビを観たか。貴方がどこの食堂で夕食を口にしたか、貴方が何回トイレに行ったか、貴方が何時誰とどんな会話をしたか、貴方が夜寝る前に何回自ぃ」

「や、やめろぉ!!」

「あ、そうそう、貴方が同僚の女性に恋心を抱いて告は」

「やめろって言ってんだろ!!」

必死の叫びとは裏腹に、俺の心は更に冷たく凍え始める。

「そ、それって盗撮じゃないか!!」

「盗撮などではなく、これは撮影、撮影ですよ。」

「盗撮だよぉーーーーーー!!これは!! 警察に…」

「あ、私の指示に逆らえば国家反逆罪が適用されますので悪しからず。」

は?

「先程の労働厚生省からの通知、最後まで目を、目を通しましたか?」

え?

俺は再び通知書に目を通す。

その文面には、続きがあった。


『又、このプロジェクトは憲法27条改正時に定められた青年人材資源健全化育成法を根幹としており、従わぬ場合は国家反逆罪が適用され翻意が認められた場合は禁固懲役罰金等厳重たる処罰の対象となる事を予めご了解下さるようお願い致します。』


…俺の足元を、冷たい風が通り抜けた。

不条理なその文章を頭が認識する。

「警察に通報しますか? その行為は立派な国家反逆罪、国家反逆罪ですよ。」

…くう…。


意気消沈した俺は、役人に訊ねる。

「…あの盗撮した映像は」

「さ・つ・え・い」

役人が俺の言葉を訂正する。

「…あ、はい。撮影した俺の生活が、そのまま、映画として公開されるのですか?」

「それは無理、無理ですね。貴方の人生は退屈過ぎる。文字通り、お話になりません。」

ふざけんな!!

「ですので、撮影した貴方の映像を加工し、大衆に受けるよう編集します。それでやっと、やっと、一般公開できるレベルに達します。」


怒りと呆れの連続で…なんと言うか…言葉も出ない。

「全ては我ら労働厚生省にお任せ、お任せ下さい。」

俺の意思など意に解する事なく、全てが勝手に進行していく。

無遠慮で身勝手な目の前の役人の言動がその現実を裏付ける。


脱力とともに、俺は一抹の不安を覚え、その疑問を口にする。

「公開された後、俺はどうなるんですか?」

「全ては映画公開後の国民の反応次第です。」

「はぁ…。」

「いやー、明日の、明日の公開が楽しみですね。ああ、そうそう。明日の記念すべき初公開は、貴方も映画館で迎えたほうが宜しいかと思います。ですので、私めがお迎えに上がりますので、ご了承下さいませ。」

そう言って役人は踵を返して玄関に向かうと、呆然とする俺を残し、去っていった。


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