第14話 ささやかな反撃
登校中。
電柱の陰から、彼女はぬっと顔を出した。
「やっ。おはよー陽くん」
来た。相変わらずの馴れ馴れしさだ。
今日という今日は、こちらから仕掛ける。
「あ。き、昨日の配信、観たんですが」
とはいえ、狂気じみたあの笑顔と先に目が合ってしまった。
スムーズに言葉が出てこないのは仕方ない。
「あ、観てくれてたんだぁ。嬉しいな」
「その。昨日やってたゲームなんですけど、あれ、実は俺も昔やってたことがあって」
「えー! そうなんだー」
「はい。そのときはすぐ飽きてやめちゃったんですが、昨日の舞香さんの」
「麻玲衣だよ。本名で呼んで」
「……麻玲衣さんの配信を観てたら、なんだか自分がやってたときより楽しく感じてびっくりしました」
「本当!? 嬉しいなあ。配信者冥利に尽きるよー」
別に、臆病風が吹いたというわけではない。
ただ最初に、良いと思ったところは素直に褒めておきたかっただけだ。
「それでその、ところでなんですが、どうしてまたあのゲームをやろうと思ったんですか?」
「どうしてって?」
「だって古くて無名なゲームですし、配信者の間で流行っているわけでもないじゃないですか」
「まあそうだね。なんでかな。たまたま目に入ってパッケージに惹かれちゃった感じかな」
「ど・こ・で・たまたま目にしたんですか?」
「んー…………。どこでかな?」
彼女はニコニコしたまま、瞬きすらしない。
駄目だ。この件についてこれ以上は追及出来そうもない。
「あと、配信中の発言なんですが、ひとつ気になったことがあって」
「うん、なにかな」
「くたばれ白菊とか言ってましたよね。あれは流石にまずかったんじゃないですか?」
「ああ、あれね。大丈夫だよ。似たようなことは前にもあったし。うちの視聴者さんは訓練されてるから多少ヤバいこと言ってもなんとかなるって」
「こないだSNSで炎上したのに、さすがにそれは楽観的過ぎやしませんか」
「平気平気。腐った甘ゴリラのときはSNSでの匙加減間違えたけど、配信ではむしろちょっと過激なこと言った方が盛り上がるしね。てか、白菊にくたばって欲しいのはガチだし」
とても炎上を経験した人間とは思えない緩さである。
ここまで自信満々に言い切られると拍子抜けというか、逆にどう攻めたらいいかわからない。
「陽くんさ、どうして私が白菊菜乃花をそこまで目の敵にするのか、聞きたい?」
「え? ええ。まあ、少しは」
「じゃあうち、来る?」
「は? なんでそうなるんですか」
「私とあいつの深ーい間柄を話すには立ち話というわけにはいかないよ。お茶でも飲みながらゆっくり話そう?」
やはりこの人はどこかおかしい。
あらためて深く関わってはいけないと、本能がそう訴えかけてきている。
「ほら、エタクラのこととかも色々教えて欲しいし。美味しいお菓子もあるよ」
「いや遠慮します。エタクラのことならチェインで聞いてください」
「なんで? 私みたいなピチピチギャルが家に上げるって言ってるんだよ?」
「それが怖いんですよ。俺みたいな陰キャ男子とってはハードルが高すぎます」
言うほどピチピチギャルという感じでもないだろと言いたいところだが、後が怖いのでやめておいた。
すると彼女はにんまりと、ウザったらしいまでの笑みを見せて言った。
「ああそっか、年頃の男の子だもんね。家に上げるイコール"エッッ"な流れだと思っても当然か」
「は!? いやその、そんなつもりじゃ。そもそも、そういう関係になった覚えもありませんし」
「はは、冗談だよ。まあ別に最初からそんなつもりで誘ったんじゃなかったんだけどね」
「……とにかくっ! 行かないものは行きませんっ!」
おかしい。一泡吹かせてやるはずが、いつのまにか手玉に取られている。
兎にも角にも一刻も早く、この場は切り抜けなければならない。
「大丈夫、お姉さん取って食ったりしないから家来よう?」
「行きません」
「は、なんで? ふーん、来ないとどうなるか」
「それは恐喝ですって! いつもそうやってあなたは! もうその手には乗りませんよ」
叫ぶなり、全速力で駆けだした。
――最悪だ。
やはり変なことはするものじゃなかった。
このあとの反撃がどうなるか、今から考えただけでも身の毛がよだつ。
しかしその一方で、なんともせいせいとした気分になったのも確かだった。
「あらやだ陽ちゃん。機嫌良さそうじゃない。なにかいいことあった?」
その日のバイト中、店長は俺の顔を見てそう言った。
「そうですか?」
「そうよ。なんてったって肌ツヤがいいもの。私の目はごまかせないわ」
「だとしたら多分俺、男として一皮むけたんだと思います」
「ええっ、なにそれ気になるぅ。詳しく詳しく!」
「これまでビビり倒していた相手に、今日初めて面と向かってノーと言えたんです」
「えっと、それってそこまでドヤること? いいえ、なんでもない。よくやったわ陽ちゃん」
その日仕事ぶりは、体感で普段の三割増しだったと思う。
その証拠にいつもは程ほどに済ませていた掃除を、床も本棚も隅々までピカピカにしてみせた。おかげで店長からおおよそ三か月分くらいまとめて褒められ、サービスの板チョコまで貰ってしまった。
だが気分が良かったのは、せいぜい店を出たときまでだった。
暗がりの中、ちょうど十数時間前にやりとりをした通りに差し掛かった途端、急な動悸が胸を襲い、俺はその場で立ち竦んだ。
見られている気がする。
しかし目を凝らし、左右を確認してみても怪しい人影は見当たらなかった。
「…………。ふぅ、さすがに気のせいか」
あの人のことだ。
今後なんらかの強烈な仕返しが待ち受けているのは間違いない。
これからこの先、不安に怯えながらの日々を過ごすと考えると、胃の奥がキリリと痛んで仕方なかった。
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