第13話 「爆熱! 暴走陰陽師」
ときわ坂舞香。本名常坂なんちゃら。
わざわざIDを送りつけてきたくせに、チェインのメッセージは一向に来ない。
その代わり、恐ろしいことによく通学路で待ち伏せをされるようになった。
突然ふらりと現れたかと思うと、自分のしたい話だけを一言二言だけして去っていく。
内容はその日の天気など当たり障りのない話が2割で、残りの8割は少しずつかつ断片的に、聞いてもいない個人情報を晒してきた。
一体どうして、こんなことになってしまったのだろうか。
言うなればこちらはほぼ巻き込まれただけの被害者だ。
正体を詮索するような真似をしてしまったのには多少の非があるかも知れないが、だからといってこれほどまでに振り回される筋合いもない。
住所を特定されたのも、味の好みを把握されたのも、なんらかの非合法な手段による情報収集が行われたに違いない。その証拠をどうにかして掴み、警察に持って行きさえすればおそらく方は付く。
そんなことを考えながら、配信の時間が来るのを待つ。
予定時刻から1分ほど遅れて、彼女は画面の中に現れた。
『こんばんぴょろー! ときわ坂舞香ぴょろー! 今日もじゃんじゃんバリバリ配信やっていくぴょろよー!』
盗聴の証拠を押さえるのははっきり言って難しいだろう。
ならせめて、配信中におかしな発言があろうものなら今度会ったときに思いっきり指摘してやろうと思う。
一方的に搔きまわされてばかりで、正直な話、最近腹が立ってきていた。
『今日はぴょろねえ、ちょっと古いゲームの配信をやるぴょろ。「爆熱! 暴走陰陽師」っていうんだけど、みんな知ってるぴょろか? 知らない、知らん、なにそれ、タイトルから漂うクソゲー臭……うん、やっぱりマイナーなゲームみたいぴょろね。舞香も初見だからどんなゲームか楽しみぴょろ』
視聴者たちは皆、挙げられたゲームの名に対し、知らないの一点張りを決め込んでいた。
しかし奇遇なことに、俺はその存在を知っている。
視線を画面から外し、収納棚の上へと目を遣る。そこに平積みにされ、埃を被るゲームソフトの山の中に、件のタイトルはあった。
このゲームが選ばれたのが偶然でないかもしれないというのが怖いところだが、単なる思い過ごしの可能性もある。ひとまずそこは深く考え過ぎないないようにすることにした。
『ええっと、「初めから始める」……お、オープニングムービーがあるぴょろ。え、なにこれ!? いきなり死んだぴょろけど。って、えええええ!?! これ、どういう世界観ぴょろ?』
俺に言わせれば、このゲームはクソゲーだ。
内容は確か平安時代から転生した陰陽師が、厳ついバイクに跨りながら路上に点在している妖怪をバットで撲殺していくものだったように思う。
プレイの感想は陳腐なストーリーとひたすら代わり映えしない画面を見続ける退屈さが耐えられず、パッケージイラストの奇抜さに惹かれ衝動買いしたものの、一時間と持たずに後悔した記憶がある。
『あっひゃっひゃっひゃひゃ! なにこれっ、デフォルトがバカ殿じゃーん! おもろっ! えっ、こんな声なの? ……じゃあ髪色は水色にしてぇ、髭はぁ~』
キャラメイクから早々、彼女は豪快に笑ってのけた。
当時の俺は少なくも、こんなところで笑うことはなかった。
『えっナニコレ。全開モードはやっ、怖っ! ……なるほど、このお札みたいなの取るとアイテムがランダムで貰えると。えっ、これで殴るぴょろか? オラァアア、処す処す処すッ! ええええ!?! 当たり判定小っさ!!』
コメント欄は彼女が大きな声を出すたびに、祭りのような盛り上がりを見せている。
その光景を目にしているうちに、ふと不思議な感覚に気付く。
『えっ!? えっ!? パトカーいるぴょろけど! 舞香スピード出せないぴょろ! 捕まっちゃうぴょろ! って妖怪かーい!』
はたして、このゲームはこんなに面白いものだっただろうか。いや、そんなはずはない。
『やばいやばいやばい、ろくろ首が追っかけて来る!! 来んなぴょろ! こっち見んなぴょろ! このっ、くたばれっ! 避けんなぴょろー!!!』
悔しいが、認めるしかない。
一人でやっていたころには刺さらなかった荒唐無稽なこのゲームの設定が、「ときわ坂舞香」の芸風と絶妙にマッチしている。
しかしこの感覚を説明するにはそれだけでは不十分と言える。
俺にもかつては、一緒にゲームをする友人というものがいた。それが年齢を重ねるとともにいつの間にかいなくなり、エタクラをはじめ一人用ゲームばかりをやるようになった。
だが本来、ゲームというものは、独りでやるよりも誰かとやった方が楽しいのである。
『おおおお、コツがわかってきたぴょろ。この調子で妖怪どもの屍の山を築いてやるぴょろ! オラァ! あ、しまった……。通行人ヤっちまったぴょろ』
ここに万といる視聴者たちも、きっと同じ思いをしているのだろう。
ただ一つ、俺と彼らで違いがあるとすれば、幸か不幸か中の人の顔と本性を知っているということだ。
『来た、ボスだぁ! ぬぅおおお、死ね死ね死ね死ねっ! えっ、硬すぎるぴょろこのボス……ちょ、待って! 待って待って待って! ひぃぇえええっ!!!』
やはりどうしてもあの威圧感のある笑顔がチラついてしまい、心の底からは楽しめない。
本人曰く、コラボなど特殊な事情がある時以外、配信は基本的に自宅で行うものらしい。
その住所というものは本来、絶対に機密にしておくべき情報なはずだ。
しかし彼女は躊躇いもせず、その詳細な位置まで教えてきた。どういうつもりなのかはわからないが、はっきり言って足元を見られていると言わざるを得ない。
『あー、また負けた! もう一度チャレンジぴょろ! それにしてもこいつの顔、だんだん憎らしく思えてきたぴょろねえ!』
俺と彼女の現在の関係性は、あまりにもパワーバランスが一方的過ぎる。
ずっとこのまま主導権を握られていては、おそらく待ち受けているのは破滅の二文字だ。
だからこそ、ほんのささやかでも反撃の糸口が必要だった。
『よし行けっ、あと少しだぴょろ! くたばれ、くたばれ白菊ぅッ!! よぉーしよしよし! やった、勝ったぴょろ~!!!』
「くたばれ白菊」――。確かに今、そう言った。
言われてみれば、たった今まで死闘を繰り広げていたボスの姿は白い服に長い黒髪と、“白菊菜乃花”の容姿を連想させる。
しかしいくらときわ坂舞香と言えど、界隈で聖域と化している同Vチューバーに対し、今のイジりが許されるだろうか。
コメント欄にはなんとも言えない、ひりついた空気が漂い始めた。
『あ、さてはお前ら白菊ってあの白菊菜乃花のことだと思ってるぴょろか? ちーがーうぴょろよ! 舞香の知り合いに白菊さんっていうむかつくババアがいたから言っただけぴょろ。ははは、やだなあ、舞香ごときがあの大人気Vチューバー様にくたばれなんて言うわけないぴょろよ。あ、その白菊さんの話は今度するぴょろね』
早速苦しい言い訳だ。
先日腐った甘ゴリラとしてあれほど炎上したにもかかわらず、どうやら彼女は懲りるという言葉を知らないらしい。
なんにせよ、この件はつついてみても良さそうである。
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