第15話 意味深な投稿
結論から言うと、俺の不安は取り越し苦労だった。
常坂麻玲衣からの想定していた仕返しというものは、いつまで経っても発生しなかった。
それどころか、彼女は俺の前から姿を消した。
通学路で待ち伏せされることもなくなったし、チェインからメッセージが来ることも相変わらずない。
おまけに腐った甘ゴリラの痕跡も、ネット上から跡形もなく消えていた。
油断させておいて驚かせに来る作戦かとも思った。
しかしその状態が続いてもう二週間になる。さすがにその線はないと見ていいだろう。
「店長、なんか静かですね」
「なに言ってるの陽ちゃん。いつもここは静かでしょ。本屋がうるさかったら商売にならないじゃない」
彼女と会う以前の、なんの脅威もない平和な日常。心の平穏。
望んでいたそれは、静かすぎるほどに静かだった。
無論、これはプラスに捉えるべき事象である。
だが少し困ったことに、ときわ坂舞香の配信までなくなってしまっていた。
「もしも、もしもの話ですよ。店長が『無頼餡』のメンバーと裏で普通に会話できるくらいの仲になって、店長の何気ない失言のせいで活動休止になっちゃったらどうしますか」
店長の好きなロックバンドの名を借りて、例え話というていで、それとなく振ってみる。
「そんなの死で償うしかないでしょ」
いきなり笑えない返しが来た。
「ていうかなにその状況。まず第一に私と無頼餡のメンバーが仲良くなれるなんてありえないし、私の一言で駄目になるほど、無頼餡は柔いバンドじゃないわ」
「確かに。それはそうですね。……うん、確かに」
彼女とて配信者としてそれなりの登録者数を築き上げてきた裏には、それ相応の苦労があったに違いない。
俺の言動一つでそれらをすべて無にできるほど、ときわ坂舞香は脆弱な存在でないはずだ。
「いきなりそんな話をしてどうしたの? 陽ちゃんの周りで似たようなことでもあった?」
「まあそんなところです。理由はよくわかりませんが、楽しみにしていた配信者の活動が急に止まったもので。ですが店長の一言で、少なくともファンの発言が原因でないことだけはわかりました」
「そう、それは残念ね。推しの活動休止の辛さは私にも分かるわよ。でもきっと向こうには向こうの事情があるはずだから、ファンならその気持ちを尊重してあげることも大切よ」
「はい。心得ます」
ファンであるかと問われれば断じて否だが、配信が止んだことに対して残念な気持ちがないと言えば嘘になる。
しかしVチューバーの性質上それはいつか起こり得ることであり、嘆いても仕方のないことだ。
当然と言うべきかファンたちはざわついているらしいが、さすがに俺が直接の原因でないのだとしたら、感知するところではない。
と、このときが来るまではそんなふうに思っていた。
ある日、センセーショナルな字面のタイトルで、ときわ坂舞香によるSNSの投稿があった。
『なにもかもどーでもいい。消えたいぴょろ』
内容はこう記してあった。
『太陽が私を拒んだ。ある日突然、前触れもなく。私がいけなかったのだろう。傲慢な私を、太陽は許さなかった。ただただ、真っ暗な闇だけが残された。今の私にはもう生きている意味すらも感じられない』
ファンたちの間では早くも不穏な空気が漂っていた。
彼女自体、普段からこのような病みポエムを投稿しそうなキャラクターではある。しかし語尾のキャラ付けを忘れたことは未だかつてなく、ゆえにこの文章からは異常さが際立っていた。
なかには太陽=彼氏説なんてものも浮上していたが、俺はどうにも嫌な胸騒ぎがしてならなかった。
「太“陽”、“陽”……まさかな」
SNSで「死にたい」と発信して、実際に命を絶つ人間の割合は多くないだろう。
だが問題は、これまで一度たりとも彼女の行動を読めた試しがないということだ。
スマホを握りしめ、一つ大きく息を吐く。
いつぶりかのチェインの画面を開き、言葉を選びつつ慎重に、“彼女”宛にメッセージを入力した。
『最近配信してないようですけど、大丈夫ですか? あの、もしよかったらお話しませんか。あのとき強く当たったことも謝りたいです』
少し経った後、返事が来た。
『今気分悪くて外出たくない。うち、来てくれる?』
これに対して、どう答えるのが正解なのだろうか。
場所を変えてくれとは言いづらい。
とは言え素直に応じて家まで行くべきなのか。仮に行ったとして、気の利いた言葉が出せるだろうか。
しかしどちらにせよここで安易に断れば、もう二度と彼女と顔を合わせる機会はないような気がした。
しばらく考えたのち、返信を打ち込んだ。
『わかりました。行きます』
すると次の返事はすぐに来た。
『今、来れる?』
外はどんよりとした空模様で小雨が少しぱらついていたが、それだけで辞退する理由にはなり得ない。
『はい。今すぐ行きます』
丸腰で行くのもなんなので、菓子折りくらいは持っていこうとは思う。
常坂麻玲衣の家へは電車で一駅、降星谷という駅で降りてから地図などなくても簡単に辿り着くことができた。
なぜならそこはこの辺一帯で一番高くて目立つ、タワーマンションの一室だからである。
――でかい。
建物は間近から見上げると、最上階が視界に収まりきらないほどだった。
こんな場所に住めるということは、やはり相当な額を稼いでいるのだろう。
エントランスの前にて、本人に到着したことを伝えるとしばらくして扉のオートロックが解錠した。
「ええと、一一〇九号室、一一〇九号室……」
廊下を一歩進むごとに、鼓動が速まっていく。
ここまで来たらもう後戻りは出来ない。
指定された番号の部屋の前まで着くと、扉の前で彼女とは違う女性が行ったり来たりしていた。
間違いなく見知らぬ顔だ。だがその顔面は恐ろしく綺麗な造形で、全身いかにも高級そうなファッションで身を固めていた。
「あなた、もしかしてあいつの彼氏?」
目が合うなり話し掛けてきた。
言動からして知り合いだろうか。
「違います。ただ約束したから来ただけです。あなたこそ、常坂さんのお友達かなにかですか?」
「別にそういうのじゃないけれど」
「じゃあ、お仕事関係の方ですか?」
「それも違うわね。そんなことより気を付けなさい。あいつ、今度本格的に滅入ったら潰れるかもよ」
一体どこから目線のアドバイスだろうか。
とにかく入るつもりがないのなら邪魔なので、今すぐそこをどいてもらいたい。
「あの、入らないんですか?」
「入らない。というより私は入れない」
まさかこの身なりでただの追っかけファンということはないだろう。
しかしこのマンションは本人の許可なしに部外者は入れないはずだ。とすると、この女性もここの住人である可能性は高い。
「じゃ、私は行くから。あいつのモチベ上げよろしく」
「あ、はい」
気を取り直して、玄関の前に立つ。
すると扉はひとりでに開き、中から化粧をばっちり決めた“彼女”が現れた。
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