第10話 ブランドイメージの作り方
パソコンのモニターに表示された時計は20時ちょうどを指していた。もうすぐ、ときわ坂舞香の配信が始まる。
今の俺にとって、彼女の配信を観ることは逃れられない義務だ。
もしこないだのようなメッセージがあった場合、聞き逃しましたでは済まされない。
コメント欄は本人がまだ登場していないのにもかかわらず、すでに馴れ合いの挨拶で溢れていた。
『お前ら、こんばんぴょろー! 今日はね、久々にカラオケ配信をしたいと思うぴょろ。本当に久しぶりなんで、うまく歌えるか不安ぴょろけど、温かい目で見守って欲しいぴょろ』
あらためて声を聞くと、やはり猫を被っている。
本性を知る前の、純粋に応援していたあの頃の愚かな自分に教えてやりたい。
『まず最初に歌うのは……えー、お前らのようなオタク界隈では超有名な、お馴染みのあの曲を行きたいと思うぴょろ。この曲はぴょろね、5年前、舞香が初めて名塚レイさんのライブに行ったときあまりの可愛さに衝撃を受けた曲で……』
今日の配信はいわゆる歌枠というものらしい。
早速、曲についてのうんちくが語られた後、一曲目の前奏が流れ始めた。
『私は小悪魔天使ちゃん~、いい子じゃなくて悪いけど~♪ 嫌いじゃないでしょハイ、ラブビーム~♪ ハイ♪ ハイ♪ ハイハイハイ』
あの“中の人”の見た目からは想像もつかない、キャピキャピの萌えボイスでの歌唱である。コメント欄は合いの手で盛り上がっており、相変わらずの訓練されぶりが伺える。
そんな彼女の生歌を背景に、バイト先から自腹で購入した雑誌を開く。
これこそ、いつぞや本人が探し求めていたVチューバー専門誌であり、ときわ坂舞香の特集記事が組まれたものである。
「なになに……破天荒なキャラクターにニッチな需要が集まる、ときわ坂舞香さん独占インタビュー――『本来舞香は大人しくて気の小さい性格で、配信中のキャラはファンの期待に応えようと頑張り過ぎた結果ぴょろ。時々空回ることもあるので、温かい目で応援して欲しいぴょろ』――なるほど……」
ブランドイメージというものはこう作るのだということがよくわかる。
彼女の場合、普段大人しい人間が無理してはっちゃけたキャラを演じているというよりは、むしろ内に秘めた凶暴性を抑え込んだ上であのキャラになっているという表現が妥当だろう。
『どうだったぴょろ、舞香の新曲。かわいい? ありがとぴょろー! 狂気が足りない? 腹から声出せ? うっさぁああい!!! 原曲をリスペクトしてるんだよぉおお!!』
配信中に時折見せるキレ芸も、あの時見せた顔の迫力には到底及ばない。
『そろそろ次の曲いくぴょろ。これは舞香が学生時代ハマってたアニメの主題歌でぇ、年齢上の人なら知ってるかもしれないけど……あ、ババアって言ったやつ! 怒らないから出てこいぴょろ!』
ときわ坂舞香について少し個人的に調べてみたところ、今でこそ個人勢Vチューバーとして活動しているが、かつては別名義で大手事務所に在籍していたらしい。
しかし、本人は決してその話について触れようとしないし、視聴者たちもこれだけの数がいるのにもかかわらずそのことを誰も口にしない。
権利上の縛りがあるのか、はたまた他に言いたくない事情でもあるのか、真相のほどは不明である。
『あぁー、久しぶりに歌ったらキーが高くてきつかったぴょろ。思ったより上手かった? ありがとぴょろ。この曲は昔、大分練習したぴょろからね』
この和気藹々とした平和な雰囲気を観ていると、何もかもぶちまけてしまいたいという衝動が湧き起こる。
この何千という視聴者たちの前で、大量のコメントのどさくさに紛れながら、すべてを吐き出してしまえれば、さぞかし気持ちいいことだろう。
だがそれをした瞬間、命が終わりかねないということも、同時に重々承知していた。
『はい、じゃあ今日はこの辺で配信閉じたいと思うぴょろ。みんな舞香の拙い歌を聴きに来てくれてありがとうぴょろね。また次の配信でお会いしましょうぴょろ。お疲れ様、ばいびー』
時刻はもう0時を過ぎていた。
こうして終わってみれば何事もなく、無事に配信は終了した。
緊張と恐怖に支配された視聴には、多大な疲労が伴う。俺はそのまま直でベッドにダイブし、気絶したように眠りについた。
「陽翔! 陽翔! あんたいつまで寝てるの!」
「んん……。今日は学校休みのはずだけど」
「だからって限度があるでしょ! 今何時だと思ってるの! もう冷めちゃってるけど、朝飯早く食べなさい」
こんなふうに親に叩き起こされるまで目覚めなかったのは久しぶりだ。
寝ぼけ眼を擦りながら居間へと向かい、冷えた白米と味噌汁を流し込む。
なんとなくスマホを開くと、SNS上でなにやら炎上が起きていた。
どうやら過去にエタクラのアンチ的な呟きしていたアカウントが不特定多数の人間から盛大に叩かれているらしい。
それは本来なら、俺にとって喜ぶべき状況である。
「ん? これって」
しかし、火中の張本人はよく見知った名だった。
「ここでも出てくるかよ。腐った甘ゴリラ」
奴のことだ。自業自得というほかない。
だがあんなに憎らしかった糞コテでも、どこの馬の骨ともわからぬ輩に石を投げられているのを見ると、奥歯にものが挟まったような気になる。確かに根っからの口の悪さはあるものの、最近の奴はずいぶん大人しくなっていた。
今回は昔の発言が掘り返され、燃えているようだ。
だがきっかけとなったのは意外にも、エタクラとは無関係な呟きだった。
《全てのVを否定するわけじゃないが、白菊菜乃花。アイツはダメだ。アイツはゴミ屑を煮詰めて発酵させたような女だ。関わったものすべてを不幸にする災厄の悪魔そのものだ》
白菊菜乃花の名はこの間も出していたところを察するに、奴のなかで相当嫌いらしい。
それに対しファンと思わしき人物からこのようなリプが飛んだ。
《あなたは菜乃花のなにを知っているのですか。具体的にどういうところが悪魔なのですか?》
そして、以下のようなやり取りが続く。
《アイツは金も権力も持ってるくせに、自分がのし上がるためなら手段を選ばないとこだよ。基本的に人を見下してるし、嫌味ばかり言うよ》
《根拠のない妄想ですね。菜乃花がそんな人間なはずがありません。ネットだから何を言ってもいいと思っているようですが誹謗中傷は犯罪ですよ。私、法律に詳しいので》
《妄想? 事実を言ってるだけなんですけど。ていうか法律詳しいからなに? 本人にチクって裁判でも起こすの? かかってこいや雑魚が。菜乃花のやつに洗脳された豚野郎がよww》
奴は完全に喧嘩を売る相手を間違えていた。
白菊菜乃花は人気な一方で、ファン層にはかなり過激な連中が多いと聞く。最初は個人同士の喧嘩の範疇だったが、すぐにファン側が大群となり、戦況は一方的となった。
その過程で過去のエタクラアンチ発言が掘り起こされ、エタクラファンも巻き込み、今に至るというわけだ。
現在はあちらこちらで拡散されているらしく、暴言のコンテストは収まる気配がない。
「しかし、奴もよく逃げずにやり合ってるな。勝ち目もないっていうのに」
正直、この件に関しては奴が悪いし擁護してやる義理もない。だが一部言い過ぎな発言が散見されるのと、一方的に叩かれているのも可哀想ということで、俺はほんの少しだけ奴に味方してやることにした。
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