第9話 隙あらば布教はオタクの習性
ときわ舞香はあれ以来、配信で妙な言動はしていない。
そもそも、仮に俺の言動を盗撮や盗聴で監視しているのだとしたら、それは普通に犯罪行為であり、訴えればまず勝てる。
だがそんな事実はなんの気休めにもならず、どこかで見られているかも知れないと言う潜在的な脅威は、精神を確実に蝕んでいった。
店長は俺の顔を覗き込み、怪訝そうに言う。
「陽ちゃんってば最近顔色悪いんじゃない? 病気とかじゃない?」
「いえ。ただ、なんだか最近自宅でゆっくり休めていない気がするんです」
ここまで言われるとは、よほど顔に出ていたらしい。
確かにここ一週間、満足に眠れていない。
まったく試験が近いというのにいい迷惑だ。これで結果が振るわなかったら是非、ときわ坂舞香には責任を取ってもらいたい。
「んー。暴走族が夜中うるさくて眠れないとか?」
「ま、まあそんなところです」
「やっぱりね。良かったらここで仮眠取っていってもいいのよ。ここは静かだからね」
「ありがとうございます」
とはいえ、
なにせ、いつまた“彼女”が乗り込んでくるかわからない。そのプレッシャーは仕事に余計な肩の力を入れさせ、体感疲労を倍増させた。
唯一心休まるときと言えば、移動中の電車内でエタクラを開く時ぐらいである。
ソフィアちゃんをはじめとする、魅力的なキャラクターたちとの一時の冒険。その瞬間だけが、俺の心に束の間の安らぎをもたらしてくれる。
だがしかし、エタクラにも少なからず、他のソシャゲと同様に虚無期間なるものが存在する。
つまりガチャ更新やイベントの開催から期間の空いた、特にやることのない時期があり、そういうときは一日のプレイがものの数分で終わってしまう。
一通りのデイリークエストを済ませた後でも、最寄り駅に着くまでまだ時間があった。
物足りなさを埋めるべく、俺はネットでエタクラの情報を漁ることにした。
(ん? これは――――)
掲示板を開いてみると、あるハンドルネームが目に留まった。
「腐った甘ゴリラ」。
そう、奴が帰ってきていた。
《このゲーム、キャラの育成に手間がかかる上に戦闘が運ゲー過ぎてクソ。装備やアイテム集めるのもだるいし、あらゆるところに簡悔精神が滲み出てる。ぶっちゃけやめたい》
一目見た瞬間から、この書き込みには違和感を覚えた。
少なくとも以前の奴であればプレイした感想などは一切言わず、上っ面だけでゲームを批判するような書き込みをしていた。しかしこれは、どう見てもプレイした上での愚痴である。
気になったので少々、会話を試みることにした。
《俺は別に苦にならないけどな。肌に合わなければやめたら? ゲームは楽しむためのものだろ》
しばらくぶりのご登場なので、すぐに返事は来ないだろうと踏んでいた。
しかし、それは全くの見込み違いだった。
《は? エタクラの方からサ終しろ。バカが》
一分にも満たない即レス。しかも水を得た魚のように語尾に罵倒までつけてくる。
腹立たしさというより懐かしさを覚えながら、次なる言葉を書き込む。
《自分を中心に世界が回ってると思ってるのか? 楽しんでる人もたくさんいるんだからさ、お前がやめろ》
すると奴はこんなふうに返してきた。
《お前に命令される筋合いはないわ。ゲームをやる理由なんて人それぞれ。こちとら楽しいからやってんじゃないんだよ》
言っていることの意味が分からない。まあ奴の発言が意味不明なのは今に始まったことではないが。
《楽しくなかったらなんでやるんだ。プロか? 仕事なのか?》
もちろんエタクラは対戦型ゲームではないので、eスポーツ化もされていなければ、賞金の出るような大会もない。
つまりこれは皮肉だ。
《そこは想像に任せる。とにかく俺はこのつまらないクソゲーのプレイを強いられてるんだよ》
珍しく煽りを煽りで返してこない。過去にこんなことがあっただろうか。
俺はだんだん、奴の言葉には嘘偽りがないような気がしてきた。
世界は広い。想像もつかないような理由でゲームをしている人間もいるかもしれない。
《そうか、エタクラの魅力が分からないとは残念だな。これ以上ないくらいにハイクオリティなグラフィックに作り込まれた世界観。ストーリーも完成度が高く、これほど没入感のあるゲームは他にないぞ。ゲーム部分も色んな層が楽しめるよう十分親切に作られていると思うが、プレイスタイルは人それぞれだからな。みんな自分なりの楽しみ方を見つけて遊んでるよ》
気付けば本心からの言葉を書き込んでいた。俺からすればせっかくこの神ゲーをプレイしているのに、楽しまないのは勿体ない。
《ふーん。じゃあお前なりの楽しみ方がなんなのか言ってみろよ》
やはり今日のこいつはどこかおかしい。
しかし、そんなことはもうどうだっていい。
オタクが好きなジャンルについて、おおっぴらに布教する機会を求められたのである。
魂に火がつかないわけがない。
《いいだろう。俺がこのスレ民を代表してエタクラの楽しみ方を手取り足取り教えてやるよ》
この時点でとっくに自宅に到着していたが、他のあらゆることを後回しにし、ひたすらスレに向き合った。
“彼女”の監視の恐怖でさえ、このときだけは気にならなかった。
そして度々スレ民の横やりに助けられながらも、俺はこの憎き荒らしにエタクラの楽しみ方を存分に叩き込んでやった。
その間の奴は相変わらず減らず口は絶えなかったものの、途中で消えたりせず、最後まで話を聞いていた。
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