第11話 衝撃の再会

 視界に映る光景に、思考の処理が追いつかない。

 ゆえにただ、全身の筋肉を硬直させるほかなかった。

 女が、あの眼鏡の女性が、こちらに向かって走ってきている。

 ちょうど学校に向かおうと家を出たばかりのところだ。

 待ち伏せられていた可能性が高い。いや、そんなことはどうだっていい。

 問題は彼女の暴走列車のような速度と、その鬼気迫る表情だ。


「ちょっ、なんですか急に」

「問答無用!」

「……うぐっ!!」


 鈍い音とともに、腹部から背中へかけて突き抜けるような衝撃が駆ける。

 鳩尾になんらかの攻撃を受けたようだ。

 バランスを崩し、よろける俺に対して、女はぐっと顔を近づけて言った。


「◯※▲$□して」


 やたら早口だったせいで、よく聞き取れなかった。

 しかし聞き返す間もなく、女はすぐに走り去った。

 一拍置いて、思ったほど腹が痛くないことに気付く。 

 俺は考えを整理するため、しばらくその場に立ち尽くした。


「なんだったんだ、一体」

 

 一つわかるのは、今起きたことが只事ではないということだ。

 聞き取れなかった言葉の内容が気になるところだが、俺にはこんなことをされる動機について、心当たりがない。

 彼女の正体については誰にもバラしていないし、配信中に魔がさして妙なコメントもしていない。

 そしてその存在に気付いたのは、一限目の講義が始まる直前だった。

 カバンの中から教科書とノートを取り出そうと思った矢先、ひらりと白い紙切れが眼前を舞った。


「ん、なんだこれ」


 拾い上げ、手に取ってみると書いてあったのは、謎の英数字の文字列だった。

 明らかに俺の字ではないし、身に覚えのないものだ。

 誰かに悪戯をされるような交友関係のない俺にとって、犯人はこの時点で一人しかいない。

 つまり、あの時あの女性が体勢を崩してよろけた一瞬の隙に、話しかける素振りで気を引きつつ、紙切れをカバンの中に仕込んだ。そうとしか考えられない。


「この文字列にはなんの意味が。まさか、なにかの暗号か?」


 普通に考えて、暗号というよりかは、なんらかのIDもしくはパスワードとみるのが妥当だろう。

 だがそれがなんのものなのか、他に手掛かりになりそうなものはなにもない。

 ひとまず紙は一旦財布の中へと仕舞い、講義に臨むことにした。しかしながら当然と言うべきか、内容がまともに入ってこない。

 紙の存在はそれからしばらくの間、寝ても覚めても頭の中心に居座り続けた。



 しかし二週間ほどが経っても、結局答えは分からず仕舞いだった。


「お待たせしました。ブレンドコーヒーです。ごゆっくりどうぞ」


 その日はとある喫茶店にて、課題のレポート作業を進める予定でいた。

 席に着き、おもむろにカバンからレポートを取り出そうとしたその瞬間、不意に誰かから肩を叩かれた。

 振り向くとそこには、


「例の女性」がいた。


 彼女は開口一番、こう言った。


「なんで無視するの?」


 言葉が出ない。

 と言うより、心臓が止まりかけていた。

 女性は眉間に皺を寄せ、こちらを見つめている。


「い、いきなりなんの話……ですか?」

「紙」

「えっ」

「鞄の中に白い紙、入ってたでしょ」

「え、あぁ……アレ」

「普通、若い男なら女の人からチェインのID教えて貰ったら小躍りしながらメッセージ送ってくるもんじゃないの?」


 チェイン。この国で普及しているコミュニケーションアプリの一種であり、友達のいない俺にとってはひと月に一度開くかどうかの代物だ。


「あれ、チェインのIDだったんですか。すみません。その、気付かなくて」

「すぐに連絡寄こすようにって、あのとき言ったでしょ」

「ごめんなさい。実はあのときよく聞こえてなくて」

「そうなんだ。えっと、好きです」

「えっ」

「二度言わせないで。だから君のことが好きだって言ってるの」


 女性は目を見開き、まっすぐに俺の目を見据えている。

 よく見ると今日は化粧をばっちりと決めているらしく、目元のあの不健康さは消えほんのり大人の色香さえも感じた。


「えっと、なにを言ってるのか分からないです」

「だから、私は君にマジラブなんだってこと」

「え? いや、え?」

 

 おそらく、なにかを試されているとみて間違いないだろう。

 この手の悪戯の類いには慣れていないため対応に困る。


「その、もし良かったら理由を聞かせて貰ってもいいですか」

「理由?」

「だからその、……俺を好いてくださる、とかいう理由」

「知ってるでしょう。腐った甘ゴリラ」

「え?」

「それ、私なんだよね」

「えぇぇっ!?」


 思わず大声を出しそうになってしまった。

 どうやら現実は想像の遥かに上をいっていたらしい。


「実はさ、君とレスバしてた頃から画面越しの君に運命感じてたんだよね」

「えっと」

「君、荒れてた私にエタクラの楽しさ教えてくれたじゃない」

「えっと……」

「ついでに炎上してた私を助けてくれたじゃん」

「ちょっ、待ってください」

「なに?」

「まったく理解が追い付かないんですけど」


 すると女性は小さく笑い、言った。


「私がネットで荒らしてたこと、わざわざバラした意味、わかるよね。信じてるんだよ?」


 その笑みには僅かながら、しかし確実に威圧の意図が内包されていた。

 これはいわゆる、生まれて初めて受ける愛の告白なのだろうか。

 いや、さすがにそんな意味ではないとは思うが、どちらにせよ嬉しさよりも恐怖の方が勝る。

 そして次の考えを巡らせるよりも先に、彼女は電撃のように身を寄せ、言った。


「陽くんさ。その、私と付き合ってよ」


 刹那、ほのかに漂う甘い匂いが、あらゆる思考を痺れさせた。


 

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