第8話 答え合わせ
はたしてときわ坂舞香の正体は思った通りのものなのか。もちろんまったくの勘違いである可能性も大いにある。
その答え合わせの機会は、意外と早くに訪れた。
その日もいつも通り、俺は書店員のバイトに勤しんでいた。
ふと、一人の女性客がふらりとレジの前に現れ、雑誌をテーブルの上に置いてきた。
その女性は俺と顔を合わせた途端、口を大きく開けた。
「あっ」
例の眼鏡の女との、またもやの邂逅。
あの件からまだ一週間も経っていないせいか、さすがに今度はこちらの顔を覚えていたらしい。
「あなた、あのときの」
「……1000円になります」
「え。あ、はい」
向こうはあからさまに目を泳がせている。
しかし気まずいのはこちらも同様だ。
あくまでも書店員の言葉として、なるべく余計な感情を込めずに応対を試みる。
「袋はご利用になられますか?」
「お願いします。……あの。こないだの件なんですけど」
「お客様。以前お問い合わせいただいた『ときわ坂舞香』の特集が掲載された雑誌の件ですが」
「!!?」
少しだけ強調して発言した名前のところで、分かりやすく眉がぴくりと動いた。この時点でもう限りなく黒である。
そしてその推察を裏付けるがごとく、彼女の態度はこのときから一変した。
「どういうつもり? なんでわかったの」
「なんでと言われましても。なんのことでしょうか」
「だからなんであなたの口から、『ときわ坂舞香』の名前が出てくるのって言ってんの!」
「ですから、この間の雑誌が入荷しましたのでご報告を」
「とぼけないで! 私が舞香本人だってわかってるんでしょ!」
眼鏡の下の瞳からは、阿修羅のような眼光が放たれている。
まさか自ら正体を曝け出してくるとは思いもしなかった。
正真正銘、いつも観ているVチューバーの本人が目の前にいる。
全身の震えを抑えながら、俺はそれでも毅然とした対応の維持に努めた。
「えっと……。こないだの配信で、あなたとぶつかったときのことと酷似した内容を言ってらしたので、もしかしたらとは思ってました」
「ふーん。視聴者さんなんだ。でも質問の答えになっていないよね。私の正体を知っていたからぶつかって来たんでしょ?」
「それは違います。あれは本当に偶然の出来事で、寝不足でふらふらしていて」
「嘘。本当は私のストーカーなんでしょ」
「違いますって」
「嘘! 嘘に決まってる」
これでもかというくらい、全力で首を横に振る。
もしここで迫力に呑まれて頷きでもしたら、大変なことになるのは火を見るよりも明らかだ。
「言っとくけど私の正体、言いふらしたらただじゃおかないから」
「別に言ったりはしませんよ」
「本当?」
「言いませんって。俺だってあなたの配信を楽しみにしているうちの一人なんですから。それをわざわざ潰すような真似はしないですよ」
「……そう。その言葉、一応信じておくね」
そう言うと、彼女は叩きつけるように千円札をトレイに置いた。
そしてくるりと背を向けるなり、出口の方へと歩き出した。
「あの、お客様」
「なに!」
「商品をお取り忘れです」
「あ…………。どうも」
視界から彼女が消えたところで、強張っていた筋肉がほぐれていくのを感じる。
入れ替わるように、どこからともなく店長が駆け寄ってきた。
「陽ちゃん、今の人知り合い?」
「いえ、知り合いというかなんというか。初対面ではないですが、ほぼ他人みたいなものです」
「そう。遠目に見ていた分にはカップルの痴話喧嘩のようだったけど」
一体どういう目で見たらそう見えるのか、この人の感性はよくわからない。
「そんなんじゃないですよ。ただ、割とガチで嫌われてると思います」
「ちょっと、お客様とのトラブルは勘弁して欲しいんだけど。なにかクレームでも言われたの?」
「いえ、あの人は別にこのお店に怒っていたわけではないです。そこだけは安心してください」
その後はずっと、さきほどのやり取りが頭から離れることはなかった。
はたしてあの女性はこの近くに住んでいるのだろうか。
また来ることはあるのだろうか。
どんなに作業に没頭しようとしても湧き上がる不安は抑えきれず、どつぼにハマっていくばかりだった。
『こんばんぴょろー! お前らのアイドル、ときわ坂舞香ぴょろー! 今日も元気にやっていくぴょろよー!』
その夜、ときわ坂舞香は何食わぬ顔で配信をしていた。
正直なところ怖さもあったが、見逃せばそれはそれで寝覚めが悪そうだったので、視聴してみることにした。
内容は至って普通の、雑談をしながらのゲーム配信である。
同接数もいつもと同じくらいだ。
俺の脳内にはあの恐ろしい眼光がチラついてならないが、配信中の元気で明るい声は普段の彼女となんら変わらない。
『さてここでクイズぴょろ。今日の舞香の晩御飯はなにか当ててみるぴょろ』
コメント欄では絶賛、ゲテモノ料理の大喜利大会が繰り広げられていた。
なにせあの「ときわ坂舞香」が、わざわざ晩御飯のメニューを話題に出したのである。
イカれたメニューが出てくると想像するのはリスナーとして当然の感覚だろう。
『答えはご飯にお味噌汁にアジの開き、お豆腐、ニラタマ炒めでしたー。変な料理を挙げてた奴ら、残念だったぴょろ。今日はお母さんが来てくれて普段舞香が食べないような家庭料理を作ってくれたぴょろ。こういう引っ掛けもあるぴょろよ』
――馬鹿な。
全身の血の気が引いていくのを感じる。
彼女がたった今口にしたメニュー、それは今晩我が家に出された夕食のメニューとまったく同一のものである。偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。
ときわ舞香はさらに続けた。
『この中に晩御飯のメニューが全く同じだったって人いるぴょろか? もしいたらきっと舞香とはご縁があるぴょろ。いつもそばに舞香の背後霊がいて、お前のことを見ていると思った方がいいぴょろよ』
急いで居間へと降りていき、テレビを見てくつろいでいる母親に向かって問い質す。
「今日誰かうちに来た? たとえば眼鏡をかけた怪しい女の人とか」
「別に誰も来てないけど。どうしたの急に」
四方を見回し、監視カメラの類が置かれていないか確認をする。
一見変わったところはなさそうだが、巧妙に隠されている場合遠目で見ただけではわからない。
「ちょっ、あんたなにしてるの?」
「うん。ちょっと探し物」
「なんなのそんなに散らかして。そんなとこ探したってなにも出てこないでしょ」
「うるさい。少し黙ってて」
しかし何度見てもどこを見ても、異常はどこにも見当たらなかった。
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