第4話 変わった来客 

「いらっしゃいませー」


 バイトのテンプレ挨拶も我ながら板についてきた。

 客たちはそんな俺の完璧な声かけなど歯牙にもかけない様子で、店の奥へと入っていく。まあそれが普通だ。

 書店員のバイトには、いくつかの業務がある。

 本棚の整理はそのうちの一つで、新刊を目立つ場所に並べたり、既存の本の配置を替えたり掃除をしたりと、地味ながらも売場を作る重要な仕事であると言える。

 最初はそれもやることが多く感じ苦労したものだが、慣れてくると手を動かしながらでも考え事をする余裕すらある。

 考え事といって思い浮かぶものと言えば、エタクラのキャラに関することか、あるいは"奴"のことである。

 "奴"は常々エタクラ関連のニュースに目を光らせているらしく、少しでも不利な情報があると、鬼の首を取ったようにわざわざファンの集いに現れては、執拗な攻撃を繰り返す。それもプレイヤーへの誹謗中傷のおまけつきでだ。

 いちファンの立場としては憎くて仕方ないが、しかしそれ以上に興味もあった。

 なにせここまで常軌を逸した執着を持つ人間には、これまで会ったことがない。

 これまでに見えて来た奴の人物像について、少しだけ振り返ってみる。

 まず言えるのは、健全な精神状態ではない、間違いなく病んだ人間であるということだ。

 そして日夜書き込みがあるのでおそらくニートか、それに準ずる職業だろう。とは言え書き込みがない時間帯は存在しているので、それが寝ている時間か、もしくは他のことをしている時間ということになる。

 さらにネットスラングの使い方や、ふと顔を出す単語の世代からして、おそらくは年上。性別まではさすがにわからない。


「陽ちゃん陽ちゃん」

「わっ?! 店長、なんですか」

「呼びかけても気付かないくらい仕事に没頭するだなんてやるじゃない」

「いえ、それは……」

「それよりさ、陽ちゃんが書いてくれたポップ、よく出来てたわぁ。君がこんなにイラスト上手かったなんて知らなかったよ!」

「別に、普通ですよ」

「こういうのがあると店が華やかになっていいわ。これからもじゃんじゃん書いて頂戴ね」


 店長はポンポンと俺の肩を叩き、バックヤードの方へと去っていった。

 改めて店内を見回してみる。

 ここにはネットのようなネガティブな発言や暴言はどこにもない。たまに訪れる客人も常識のある人たちばかりだ。

 ネットの世界からひとたび目を離してみれば、社会というものは案外平和に回っている。


「え待って。この表紙の佳澄ちゃん変じゃない? さすがにこの服はダサすぎでしょ」

「確かに。有名人も大変だよなあ」


 店内にBGMの類いはなく、空調の音すらもはっきりと聞こえてくる。それすなわち、人の話す声などは目立つということである。

 先程入店してきたカップル客と思わしき話し声が、否応なしに耳に入ってきた。


「ねぇレイジ。この佳澄ちゃんと私とだったらどっちが可愛い?」

「このもなにも、最初からミユの圧勝だよ」

「きゃはっ。もうレイジったら」


 これがいわゆる惚気話というやつなのだろう。

 異性との交際など、おそらく俺には縁のない話だ。

 別に強がりでもなんでもなく、恋愛などというものは、男女が互いに実体のないものを信じあっている愚かな集団催眠状態にしか見えない。

 そんなものは、創作の世界だけで十分だ。

 目を閉じればソフィアちゃんが天使の声で語りかけてくれる。

 俺にとってはそれだけで十分だ。


「あの……」

「っ!? いつの間に?」


 あまりのショックに、つい変な声が出てしまった。

 どうやら背後から声をかけられたらしい。

 振り返ると、眼鏡とマスクを着用した、若い大人の女性が立っていた。


「私が客としてここにいたら不自然ですか?」


 酷く疲れているのか、女性の眼鏡の下の眼球はまさしく死んだ魚のように濁っている。


「い、いえ。大変失礼いたしました」

「……この本、置いてますか」

「こちらの本、ですか。検索しますね。少々お待ちください」


 女性客は懐から本のタイトルの書かれたメモの切れ端を取り出し、渡してきた。

 見たところ見覚えのないタイトルだが、こちらも取り扱っている書物を把握しきれているわけではない。

 早速店のパソコンで検索をかけてみると、どうやらVチューバー関連の雑誌らしい。


「今は置いていないみたいですね。発注してお取り置きすることもできますが」

「いえ。いいです。ところで、『ときわ坂舞香』というVはご存じですか」

「いえ、知りませんが」

「そうですか。ならいいです」


 女性は突然早口になったかと思うと、くるりと背を向け、出口の方へと向かっていった。

 変わった客だ。

 変な客というのはたまに現れるが、今のはなかでも相当な上位に入るだろう。


「ちょっと店員さーん」

「あっ、はい」


 今度は先程のカップルの片割れの女性がレジの前に突っ立っていた。

 このバイトは暇なときは暇だが、仕事が来るときは結構立て続けに来る。


「これお願いね」

「1800円になります。袋はご利用になられますか」

「お願いしまーす。大学生? バイト?」

「はい。最近入ったばかりですが」

「なのにもう店番任されてるんだ、偉ーい。いいね、本屋のバイト」


 まったく偉いと思っていなさそうな顔で紙幣をトレイに置くと、女性は本を包んだ袋を受け取った。

 香水の匂い、派手な化粧。普段はまず関わることのない世界の人種だが、業務上のコミニュケーション程度なら問題なく取れる。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」

「また来るよ~。じゃあね。行こっ、レイジ」


 カップル二人組はこれ見よがしに手を繋ぎながら、仲良く店を後にした。

 同時に店内には再び静寂という名の平穏が訪れる。


「……ときわ坂舞香、か」


 なぜだろう。先ほどの眼鏡の女性客の放ったこの単語が、妙に耳に残っていた。

 Vチューバ―は有名どころの名前を片手で数えるほど知っている程度で、今まで配信をまともに観たことはない。

 何を血迷ったか、俺はバイトが終わるなり即座に「ときわ坂舞香」で検索をかけ、お勧めに上がった切り抜き動画を見てみることにした。

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