第3話 ハンドルネーム、「腐った甘ゴリラ」

 ハンドルネーム、「腐った甘ゴリラ」。

 ここ最近彗星のごとく現れた、この間の荒らしなど比較にならないほどに厄介な、エタクラアンチの名だ。

 もちろん、匿名掲示板で最初に奴の書き込みを見たときには、脊髄反射のごとく虫唾が走った。

 そしてそんな腐った甘ゴリラが、今日も懲りずにいつもの掲示板で暴れている。


「よくもまあこんな汚い言葉を毎日毎日。というか、こいつの辞書には飽きるという文字はないのか」


 相変わらずの暴れっぷりに、今や怒りよりも呆れの感情のほうが勝る。

 モニターと睨み合いをしながら、ひとまずペットボトルのミルクティーを一口。

 まったく、休日の朝から自室にこもり、エタクラとレスバ三昧とはすばらしく充実した一日だ。

 ちなみに数日前、俺が最初に見たやつの書き込みはこのようなものだった。


《エタクラをやってる奴は全員キモ過ぎて死んでほしい。こいつらのような幼女にブヒってるロリコンキモオタ共は性犯罪を犯す前に即刻豚箱にぶち込んで処刑すべき》


 正直、この手の論調の罵倒は珍しくもない。

 しかし、これまで見た中でもとりわけ言葉遣いが過激だったのと、ログを辿れば他にも目を疑うような悪口が続いたので、反応しないわけにはいかなった。

 そもそも、エタクラのキャラは幼女ロリばかりではない。

 確かに、人気キャラに幼い感じの子が多いのは事実で、何を隠そう我が推しキャラのソフィアちゃんも設定こそ百歳声の老女だが外見はバリバリの幼女である。

 だが神に誓って二次元と三次元の区別はついているつもりだし、たとえ虚構の幼女に胸ときめいたとしても、現実で手を出そうなどと思うことはあり得ない。

 最初にレスした言葉は、こうだった。


《二次元と三次元の区別ついてないやつの方がよほどヤバいと思うんだが。偏見だけで人を大量に抹殺しようなんて考えるやつのほうがはるかに危険思想だし、豚箱に行くべきは明らかにお前だろう》


 すると反撃はこう返って来た。


《wwwww効きすぎだろw 顔真っ赤にしてのレスご苦労様。こんなクソゲーのキャラに熱入れてる暇があったらリアルで彼女でも作ったら?》


 この時点で、本能的にこいつは強敵だと感じていた。

 ネットの荒らしには会話が通じるタイプと、そうでないタイプの2種類が存在する。この雰囲気は明らかに後者のパターンだ。

 

《こんな時間から何時間も掲示板に張り付いてゲームの悪口書いてるやつのほうが彼女いなさそう。お前こそ彼女作れよ》


 こう書きこむと、


《同じ言葉でしか返せない低脳乙。エターナル・クライシスは低脳御用達ゲームwww》


 と、論点をずらしながらもさらなる煽りを入れてくる。

 やはりこいつは言い争いの中でこちらを論破したいのではない。こいつの目的は、ただ悪意ある書き込みを書くことそのものであることに違いない。

 これ以上続けてもただ空気が悪くなるだけだと判断した俺は、ひとまずその場は撤退することにした。

 ここまで酷い荒らしであるなら、放置していても管理者からアクセス禁止にされて終わるだろうと、この時は思っていた。

 しかし、その考えは甘かった。

 結果として、奴は一向に消えなかった。

 何度書き込みを消され、何度アクセス禁止の刑を受けようと、数時間後にはゾンビのように別アカウントで舞い戻って来る。

 それどころか消されるたびに攻撃性は増していき、今や「腐った甘ゴリラ」は朝昼晩に限らず、ものすごい頻度でこの世のすべての悪を煮詰めたような暴言を、あらゆるエタクラの掲示板、および関連動画や攻略サイトのコメント欄にまき散らす、手に負えない怪物と化していた。

 この執着ぶりはどう考えても、無視しておけばいずれ飽きて去るようなタマではない。

 その証拠に、今日も今日とて奴は元気に、平和な掲示板を火の海に変えていた。


 カタカタカタ……


「《朝から晩までネットを荒らすだけの人生悲しいとは思いませんか。あなたの姿を親が見て悲しむとは思いませんか》ーーこんなもんか。あえて敬語にした方が煽り力が高いだろうか」


 エタクラのお気に入りBGMを垂れ流しながら、俺はレスを書き込んだ。

 もちろんこちらが荒らし認定を受け、アクセス禁止になりでもしたら本末転倒だ。その点は注意を払ってはいる。

 基本的になにを言っても、まともな返答は期待できないだろう。言わば虚空に向けて機関銃を撃つようなものだ。

 それでも時折、画面の向こう側の人物像を想像し、刺さりそうな言葉を当てずっぽうに書き連ねると、ヒットしたかのようにペースが乱れることがある。それはごく微細な変化でしかなく、煽り言葉の端に僅かな怒りが感じられたり、ムキになったように連投ペースが早まったり、そんな程度でしかない。

 そしてそんな反応があった時には決まって、なんとも言いがたい高揚感に包まれた。


「お、もうレスが来てる。今日は早いな」


 暇潰しにエタクラの小ボス戦をこなし、更新ボタンを押すと、すでに生きのいい返事が書き込まれていた。

 もちろん荒らしに反応する者も荒らしであるという格言は、重々承知している。

 しかしこちらの口撃が効く以上、やつの蛮行を止めるためには荒らしをすれば手痛い反撃が返ってくるのだと心に刷り込ませ、心を折るのが一番であると、俺は信じている。


「なになに……《新キャラのデザインバカみたいじゃね。セルラン下がってんのにこんなブス実装して運営も焼きが回ったな。ネタ切れエタクラ、サ終間近www》……なるほど、新キャラ叩きと運営叩きの連投でこちらの書き込みを流そうとしているのか」


 どうやらさっきの書き込みはクリティカルヒットしたらしい。

 ちなみに先日発表された新キャラはファンの間で可愛らしいと大好評だ。

 俺はすかさずキーボードを叩いた。


《新キャラがブスとか目腐ってんのか、頭の眼科行ってこい。逆張りで言ってるなら寒いぞ》


 残ったミルクティーを飲み干し、しばしエタクラをプレイする。

 そして頃合いを見計らって、更新ボタンを押す。

 こんなやり取りをしているうちに、徐々に、しかし着実に、この荒らしの存在が俺の中で大きなものへと変化していった。


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