第5話 Vチューバー、「ときわ坂舞香」

 Vチューバー、「ときわ坂舞香」。

 切り抜き動画のサムネイルを最初に観た時には、なぜこの配信者がそれなりの人気を博しているのか理解できなかった。

 美少女アニメのキャラクターのような可愛らしい外見をした3Dモデルに、キャピキャピとした萌えボイス。

 この要素だけ見ればどこにでもいそうな量産型で、別段ハマる要素はない。

 ちょうどこれからその配信が始まるのだが、今日でこの配信を視聴するのは4度目になる。


『こんばんぴょろー! お前らのアイドル、ときわ坂舞香ぴょろー! 今日も元気にやっていくぴょろよー!』


 このギャグ漫画のようなコテコテの語尾と、この常時ハイテンションな喋りこそが彼女の特徴と言える。

 こんなキャラがリアルで傍にいたら中々に疲れそうなものだが、自宅のパソコン越しに視聴する分には気にならない。

 配信内容は日によって異なり、ゲーム実況だったりトーク配信だったりと様々だが、今日はいわゆる後者のようだ。


『えっとぉ。今日は~、最近舞香の身の回りに起こった事件について話しつつ、お前らと戯れたいと思うぴょろー! 早速聞いて欲しいんだけどぉ。舞香、こないだめっちゃ久しぶりに家から出たぴょろよ』

 

 パソコンで彼女の配信を垂れ流しながら、一方で手に持つスマホではエタクラを起動させる。

 この配信は基本的にゲームだったり学校の課題だったり、なんらかの作業をしながらラジオ感覚で視聴するのにちょうどいい。

 同接数は約五千人。ただの雑談枠でこれだけの人数が集まるというのは中々のものだろう。


『いや、本当に最近家から出てなかったんだって! 声が太った気がする? 体重管理だけはしっかりしてるぴょろ! ていうか舞香は元々太らない体質ぴょろよ! で、なんで外出したかっていうと、本屋さんに行って例の雑誌にちゃんと舞香のことが載っているかどうかエゴサしにいったぴょろね』


 高速で流れるコメント欄の中から適当なものを拾い上げ、あたかも会話をしているかのように盛り上げる。

 この配信者と視聴者との一体感こそが、Vチューバーというコンテンツの魅力なのだろう。

 ただ無論、これだけの人数だとコメントを打ったところで読まれる可能性は極めて低い。

 なので俺はそんなことに無駄な労力を割くつもりはない。まあ投げ銭機能を使えばその確率を跳ね上げることができるだろうが、あいにく一大学生にそこまでの経済的余裕などない。

 

『そしたら本屋さんにあろうことかその雑誌が置いてなくてさぁ。ちゃんと入荷しとけよって話ぴょろけど、代わりに舞香のこと知ってるかって店員さんに聞いてみたら、「もちろんぴょろ! 毎日観てるぴょろよ」って答えてくれたぴょろ。まあそこに関しては順調に征服が進んでるなあって思えて嬉しかったぴょろよ』


 なんとなく、先日の出来事が頭によぎる。

 あの眼鏡をかけた若い女性客――。彼女もまたVチューバー関連の情報誌を求め、ないと知るや「ときわ坂舞香」についての認知を、店員である俺に尋ねてきた。偶然とはいえ本人とまったく同じ行動だ。

 ただ唯一決定的に違ったのは、その後の店員の受け答えである。


『どこの店かって? ちょっとー! そうやってすぐ特定しようとする! 普通に怖いからやめろぴょろ! くふふ……でも、嬉しいぴょろ。みんなの愛が嬉しいぴょろ♪』


 おそらくこの配信者の特有の性質だが、突然怒ったかと思えば次の瞬間に笑ってみたり、情緒の移り変わりが非常に激しい。

 それゆえに先の言動が読めず、油断するといつの間にか意識の中心を持っていかれてしまう。

 今日も気付けば、エタクラをプレイする手が止まってしまっていた。


『……それでね。宮本武蔵と佐々木小次郎のなんだっけ、そう巌流島。巌流島の戦いが始まったわけぴょろよ。息の詰まるような緊迫した見つめ合いってヤツを5分ほど続けてたぴょろけどさ。だんだんと蛙のツラが舞香のことバカにしてるように見えてきて、「やんのかこらァ!」って心の声で喧嘩売った瞬間になんと、中からいかつい店主さんが出てきて……』


 話題はいつの間にか彼女が偶然道端で出くわしたという、不気味だけど何処か愛嬌のある蛙の看板の話へと変わっていた。

 それが仕事だと言えばそれまでだが、コミュ症の俺からすれば大勢の人間に注目されながら何時間も絶え間なく喋り続けるなど、想像を絶する所業だ。


『結局雑貨屋さんだったらしくて、それでその、訳が分からない蛙のキーホルダーを買わされたんだけど、お前らいるぴょろか? 欲しければ希望者に抽選でプレゼントするぴょろ。あ、どんなやつかって? 今実物を見せるぴょろ。こんなんぴょろ』


 唐突に、中の人と思われる女性の掌が画面に映りこんだ。

 バーチャルな世界観とは一線を画す、細く白い実物の手。その上には確かに、なんとも言い難い形をした蛙型のキーホルダーが置かれていた。


『これ調べてみたんだけど、どっかの地方でスキャンダル起こしてすぐクビになったご当地ゆるキャラらしくて、グッズはかなりレアっぽいぴょろ! もしかしたら数年後、プレミアついて高値になってるかもしれないぴょろよ! そしてさらに! そこに舞香のサインまで入れちゃうことにより、お値段はプライスレスぴょろ!』 

 

 コメント欄は彼女の手が出た瞬間からやれ「可愛い」だの、「太ってないアピールをしたいだけだろ」だの、「キーホルダーのデザインが気色悪い」だの、まさしく混沌を極める事態となっていた。

 しかしキーホルダーの裏面にサインが書かれるや否や流れは変わり、瞬時に「欲しい」のコメントで画面全体は埋め尽くされた。

 本当によく訓練された視聴者たちだ。そしてこの流れを意図的に作り出しているのだとしたら、彼女もまた相当な手練れと言える。

 結果的にこの一連のくだりが今日の配信において、一番に盛り上がったポイントであった。


『うんうん、そうぴょろね。わかるぴょろ。……さて。そろそろこの枠を締めたいと思うぴょろ。みんな今日はしょうもない話に付き合ってくれて感謝ぴょろ。お前ら、愛してるぴょろよー』


 どうやら今回はこれにて終了らしい。

 テレビなど久しく観なくなったが、まるでお気に入りの番組を観終わったときのような、あの懐かしい満足感が脳を支配している。

 こんな感じでこれからも彼女の配信は、エタクラに次ぐ新たな楽しみの一つとなりそうである。


 と、一旦ここで余韻冷めやらぬまま、いつものエタクラ掲示板を開き、スレの流れをざっと読み漁ってみる。

 奴、こと腐った甘ゴリラは数時間前、ちょうどときわ坂舞香が配信を始める前くらいまで出没していたようだ。


「ったく。相変わらず支離滅裂な暴言をまき散らしてるな。だが……」


 現在の流れは至って平和。

 ゲームについての質問やキャラについての話題など、真面目が会話が続いている。

 ちょうどあと一回書き込めば、見苦しい奴の言葉をトップ画面から消し去ることが出来るということで、俺は意気揚々と新着レスを書き込んだ。


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