第2話 戦いはハンバーガー屋の二階席で

 俺の通う大学は一時間ほどかけて電車を二つ乗り継いだ後、徒歩で15分ほどのところにある。

 つまり、まあまあ遠い。

 時間もそれなりにかかる上に、毎日満員電車に揺られるだけで体力を削られ、そのせいで最初からサークルなどに入る気は起きなかった。

 ゆえに、学内で俺は基本的にボッチだ。


「で、あるからして、ここがこうなって、この式を代入すると……」


 教授の催眠音声のような講義は今日も変わらず、睡魔を無限に増長させてくる。

 そもそも難解な上に、さほど興味が惹かれない話を聞くというのはただただに苦痛だ。

 ではなぜそんな大学に入ってしまったのか。それについては俺自身、後悔している。

 己が人生における選択の結果を人のせいにするつもりは毛頭ないが、将来の夢もなかった過去の俺は周囲から勧められるがまま、当時の学力でギリ届きそうなこの大学のこの学部を、なんとなくで受験した。

 正直、受かるとは思っていなかったし、合格発表で自分の番号があったときは飛び上がって喜んだ。

 が、今にして思えばそれが間違いだった。

 講義のレベルが身の丈に合っていないければ、当然試験の成績も振るわない。

 ここで気の合う友人の一人でもいれば、なんらかのサポートを受けられたかもしれないが、あいにくそんなものもない。

 学費を払ってくれている親には申し訳ないので、極力留年は避けたい気持ちはある。

 しかし、周りの学生たちのキラキラとした眼を見ていると、どうにもここが自分の居場所でないような気がしてならなかった。


「今日はここまでとしましょうか。なにか質問がある人は遠慮なく聞きに来てください」


 教授の周りに早速熱心な生徒たちが集まっているが、俺はその輪を見向きもせずに、そそくさと教室を後にした。

 午後の講義までには、二コマ分の空きがある。

 こういう場合に取る行動は大きく分けて二つ。

 学内の図書室に居座り、自習と銘打ってスマホを弄りで時間を潰すか、繁華街をぶらついて時間を潰すかの二択である。

 今日はなんとなく、後者の気分だった。

 この時間帯特有の、のんびりとした日差しを浴びながらキャンパスを抜けると、すぐさま開けた大通りへと出た。

 大学から目と鼻の先にあるこの繁華街には、多種多様な食べ物屋と、遊ぶところがある。

 まあ遊ぶと言っても、大した金は持ち合わせていないので行ける場所はゲームセンターくらいに限られるが、いろんな店に入って見て回るだけでも十分な暇潰しにはなる。

 とりあえず、腹ごしらえのためにハンバーガー屋に立ち寄ることにした。


「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」

「トキシックフレーバーメガロマックスセットをひとつ。ドリンクはコーラで」

「かしこまりました。店内でお召し上がりですか」

「はい。店内で」


 ネットで話題になっていた新作のバーガーを手に、二階席へと上がる。

 混雑具合は並と言ったところだ。

 満席の時はさすがに遠慮するが、ここに長居するのはネットカフェに行くよりも断然コスパがいい。

 早速、やけにカラフルな包み紙からバーガーを露出させ、かぶりつく。


「…………」


 期待のバーガーははっきり言って名前負けの、実に平凡な味わいだった。

 それでもセットメニューをすべて平らげると満腹感による充足は得られるもので、膨れた腹をさすりながら満を持してスマホを開く。

 ネットからエタクラ関連の情報を漁ることもまたガチ勢としての務めだ。

 日々産声を上げる、新たなキャラクターの性能評価や攻略法、それらに目を通しておかねば瞬く間に第一線から取り残される。

 戦いの火蓋は、とある攻略サイトのコメント欄を見ていたときに切って落とされた。


「うわあ。これはまた、酷いアンチが湧いてるな」


 ネットの世界には光もあれば闇もある。

 そもそも万人が満足するコンテンツなど、どの世界にもありはしない。彼らアンチがいるということは逆説的に、そのコンテンツが人気である証拠でもある。

 しかしそうは言っても物事には限度がある。

 酷く汚く、乱雑な言葉で綴られる、ゲームそのもの、およびプレイヤーへの罵倒。それも他の書き込みが埋もれて見えなくなるほどの連投。

 エタクラガチ勢として、当然見過ごすわけにはいかない。

 考える間もなく俺の指は動き、反撃の意志を示していた。

 そもそも奴らの思考回路というものが理解できない。嫌いなものにわざわざ粘着するのはどう考えても時間と労力の無駄だというのに、一体何がそうさせているのだろうか。

 できる限り論理的な言い回しを心掛けながら、どうしても許せない書き込みに焦点を絞り、反論のレスを書き込んでみる。


「これでよし、っと。……は??」


 数十秒もしないうちに、倍返しと言わんばかりの強烈なカウンターが返ってきた。

 間違いない。相手は今もまだこの掲示板に張り付いている。

 その瞬間、燃え上がるような熱い何かが全身を駆け巡った。

 こちらがさらに反論を書き込むと、まるで付き合いたてのカップルかというくらい即座にレスが返ってくる。

 互いを罵り合う言葉はヒートアップを重ね、いかに掲示板のNGワードを潜り抜けつつ、相手を攻撃するかの勝負が続いた。

 決して褒められたことではないと頭でわかってはいる。だがしかし、レスバトルで満たされる闘争本能に、俺は確かに愉悦を感じていた。


「……はい、俺の勝ち」


 まだアンチの息の根を止めるには至っていないものの、時間も無制限ではない。相手は暇を持て余したニートかわからないが、こちらは大学に戻るまでの刻限がある。

 レスバトルの世界にレフェリーはいない。つまり、自己判断で勝ったと思った方が勝ちなのだ。最後に書き込んだものが勝者という風潮もあるが、俺はそうは思わない。

 客観的に振り返ってみれば、あきらかにこちらが優勢だった。終始、こちらは相手の主張の矛盾点を突き続けたのに対し、向こうは途中から論点ずらしとコピペの一辺倒になっていた。

 俺はここで引き上げるはするが、きっとこれからこの掲示板を見に来るファンの同士たちは、この戦いの痕跡を見て少しは気分が晴れることだろう。

 勝者の余韻というものに酔い痴れながらスマホをしまうと席を立ち、俺は颯爽と大学へと戻った。


 時間にしておおよそ二時間弱、我ながら大変実に無駄な時間を過ごしてしまったと思う。

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