第5話:廃墟の死闘と、懐かしき「残滓」
東京郊外、かつて住宅街だった場所は今や『レベル3区画:亡霊の街』と呼ばれている。
黒い霧が立ち込め、崩れた民家の影からは常に粘りつくような視線を感じる。
「……ひっ」
俺の後ろを歩くさくらが、小さな悲鳴を上げて俺のシャツの裾を掴んだ。
(お嬢ちゃん、怖がるのはいいけど、裾を引っ張られると俺の回避行動に0.2秒の遅れが出るんだ。その0.2秒で俺の首が飛ぶんだ。頼むから離して! いや、でも怖いよね、おじさんも漏らしそうなくらい怖い!)
「……」
俺は無言で、腰に差したタクティカル・マチェット(白河が「耐久度だけは保証するよ」と持たせてくれた安物だ)の柄に手をかけた。
「ギギッ、ギギギッ!」
霧の向こうから、数十体の影が飛び出してきた。
《腐乱ゴブリン Lv.12》×32体。
(32体!? 算数できる!? さっきのオーガよりレベルは低いけど、この数は暴力だろ! 1体倒す間に31体に切り刻まれる未来しか見えない!)
「ふ、藤崎さん! 囲まれます! 私、障壁を――」
「……下がってろ」
俺はさくらを片手で背後に押しやり、前へ出た。
ここからは、ステータスの戦いじゃない。**「理(ことわり)」**の戦いだ。
ゴブリンの一団が、錆びた包丁や棍棒を振り上げて殺到する。
俺は走らない。最小限の歩幅で、円を描くように動く。
シュンッ!
一体目の首筋に、マチェットの先端が吸い込まれる。
返り血を浴びる前に、その死体を「盾」にして二体目の突進を受け流す。
(右から三体、斜め後ろから二体。軌道は見えてる。筋肉の動き、視線の誘導。異世界で万の軍勢を相手にした時に比べれば、止まって見える……!)
ザシュッ! ドスッ! ギチィッ!
無駄な動きは一切ない。
一突きで確実に心臓を、一振りで確実に頸動脈を断つ。
レベル2の筋力しかなくても、急所を叩けば魔物は死ぬ。
さくらの目には、俺がまるで「死の舞踏」を踊っているかのように見えただろう。
だが、現実は残酷だ。
「ギガアアアッ!」
一体の大型個体――《ゴブリンリーダー Lv.25》が、霧に紛れてさくらの背後から跳躍した。
「え……? あ……」
さくらが気づいた時には、黒い爪が彼女の喉元に迫っていた。
(クソッ、お嬢ちゃんを狙ったか!!)
俺は自分の獲物を仕留める動作を強制的に中断し、無理やり体を捻った。
着地も考えない、文字通りの肉弾特攻。
「……ッ!」
ボグッ!!
リーダーの爪が、さくらを庇った俺の左肩を深く抉り、骨を砕いた。
「あ……藤崎さん!?」
【HP:2/18】
【左肩粉砕。多量出血。ショック症状により視界が明滅しています】
(ああああああ痛い! 痛い痛い痛い! 痛覚耐性が悲鳴を上げてる! でもここで止まったら、二人とも終わりだ!)
俺は無表情のまま、抉られた左肩の肉にリーダーの爪が食い込んでいるのを利用し、至近距離でマチェットを逆手に持ち替えた。
そのまま、リーダーの眉間に突き立てる。
「……消えろ」
ドシュッ、と不快な音がして、リーダーが絶命した。
周囲のゴブリンたちが、指揮官を失い、かつ「瀕死なのに無表情で仲間を殺し続ける狂人」に恐怖して、一斉に霧の中へと逃げ出していく。
「藤崎さん! すぐに治療を……あ、ああ、血が止まらない……!」
さくらが震える手でヒールを唱えようとするが、魔力切れか、光がすぐに消えてしまう。
「……」
(マズい。意識が飛ぶ。……食べるしかない。こいつらに見られるわけにはいかないが、背に腹は代えられん……!)
俺はさくらに背を向け、崩れた壁の影に倒れ込むふりをした。
「……少し、休む。見るな」
「えっ? でも……!」
「……見るな」
俺は拒絶するように、強い口調(のつもり)で言った。
彼女が戸惑いながら目を逸らした隙に、俺は足元に転がっているゴブリンリーダーの死体から、心臓部の核を無理やり引きずり出した。
(いくぞ。……いただきます、クソったれ!)
バキィ、ボリッ、ジュルッ……。
生の核を噛み砕く、吐き気のするような音。
全身の細胞が「拒絶」を叫ぶが、それ以上に《共食い》のスキルが「栄養」を求めて暴れ狂う。
【スキル《共食い》発動】
【個体:ゴブリンリーダーのスキル《統率(小)》を一時的に吸収しました】
【HPが微量回復:2 → 8】
(おえっ……。……ふぅ。とりあえず、死ぬのは回避したか)
俺が口元の緑色の血を拭い、立ち上がろうとした時だ。
リーダーが隠し持っていたのか、それともこの廃墟に元々落ちていたのか。
瓦礫の間から、「場違いなもの」が覗いているのに気づいた。
それは、錆びついているが、見覚えのある意匠が施された『銀のメダル』だった。
(……これ、は)
俺は無言でそれを拾い上げる。
メダルの中心には、剣と盾を組み合わせた紋章。
かつて俺が異世界で騎士団長を務めていた、『エルドラド王国』の正式な勲章だ。
(なんで……。なんでこれが日本にある? 異世界から戻ってきたのは、俺だけじゃないのか……?)
「藤崎さん……? どうかしましたか?」
さくらが不安そうに声をかけてくる。
俺はメダルを無言でポケットにねじ込んだ。
震える手は見せない。ただ、冷たい汗が背中を流れる
。
(まさか、この「黒異点」ってやつは、ただのダンジョンじゃない。俺がいた異世界に……「あっち側」に、繋がっているのか?)
空を見上げると、紫色の雲が嘲笑うように渦巻いていた。
俺の、本当の意味での「戦い」は、まだ始まったばかりだったらしい。
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