第4話:英雄の朝食は、ポテチか心臓か
「……ん」
白い天井。消毒液の匂い。
異世界では一生縁がないと思っていた「清潔な病室」で、俺は目を覚ました。
(……生きてる。五体満足だ。肋骨も肺も、ちゃんと繋がってる。現代の医療と魔法、マジで神。異能庁最高。一生ここにいたい。もう二度とオーガなんて食べたくない)
俺がゆっくりと上体を起こすと、ベッドの横でうたた寝をしていた人影が跳ね上がった。
「あっ、藤崎さん! 起きましたか!?」
昨日救出した新人ヒーラーだ。
彼女は充血した目で俺を凝視し、そのまま勢いよく頭を下げた。
「あのっ、私、叶さくらと言います! 昨日は本当に、本当にありがとうございました! 私、何もできなくて……あなたが死んじゃうんじゃないかって、怖くて……!」
「……」
(うわ、可愛い子が目の前で半泣きだ。これぞ帰還者の特権。よしよし、いいんだよお嬢ちゃん。おじさん、君のことは嫌いじゃないよ。……でも、そんなに近くで見ないで。昨日オーガの核をボリボリ食ったんだよ、俺)
俺は無言で、彼女の頭にそっと手を置こうとして――自分の手が、包帯でぐるぐる巻きになっているのを見て止めた。
「藤崎さんの指……オーガの頭蓋を素手で抉ったから、ボロボロで。……私、一晩中ヒールをかけ続けたんですけど、まだ完治してなくて……。ごめんなさい、私、無能で……」
「……気にするな」
俺は、精一杯の「渋い声」で短く言った。
(本当は「一晩中付き添ってくれたの!? ありがとう! でも眠いからポテチ買ってきて!」って言いたい!)
「あ……。喋って、くれた……」
さくらが顔を赤らめて固まっていると、ノックもなしにドアが勢いよく開いた。
「はーい、お熱測るよー。あ、起きた? 野生の肉食系おじさん」
入ってきたのは、相変わらずだらしない白衣姿の白河 凛だ。彼女の後ろには、眉間にシワを寄せた月島も立っている。
「……白河、その呼び方はやめなさい。藤崎さん、体調はどうですか?」
「……」
俺は無言で親指を立てた(Goodポーズ)。
「元気そうだねぇ。ねぇ、教えてよ藤崎くん。オーガの核、どんな味だった? 美味しかった? 脳みそが痺れるような快感はあった?」
白河がニヤニヤしながらベッドに身を乗り出してくる。
さくらが「ひっ」と短い悲鳴を上げて一歩下がった。
(味? 砂利と腐った生肉を混ぜて、ガソリンをかけたような味だよ! 二度と食いたくねえよ! 快感? 吐き気しかなかったよ!)
「……」
俺は無言で、窓の外を遠い目で見つめた。
「……語るほどのことではない」という雰囲気を全力で醸し出す。
「ふーん。まあいいや。君が寝てる間に、上層部が揉めに揉めてね。君をどう扱うか。レベル2(上がったね、おめでとう!)なのに、Lv.22を殺害。しかもその手法が『魔物を捕食する』という異常性。……普通なら、危険分子として隔離だよ」
白河の言葉に、部屋の空気が凍りついた。
(隔離!? せっかく帰ってきたのに監獄行き!? 冗談じゃねえぞ! 誰が悪いってんだよ、あの時あのままじゃ全員死んでたんだぞ!)
「……ですが」と月島が言葉を継ぐ。
「あなたの実力は無視できない。現在、日本の主要都市周辺にある『黒異点』の活性化が止まりません。プロのハンターたちでも被害が続出している中、あなたのような『経験豊富な戦力』は喉から手が出るほど欲しい。……そこで、上層部は条件を出しました」
月島は、一枚の資料を俺に差し出した。
「**『黒異点・レベル3区画』への先行調査。**これを完遂すれば、あなたの身分を保証し、異能庁専属の特務官として高待遇で迎える、とのことです」
(レベル3区画? それってどれくらいヤバいの?)
「……」
俺が首を傾げると、白河が補足した。
「ああ、君の感覚で言うとね、さっきのオーガクラスの魔物が、**『雑魚キャラとして群れてる』**ような場所だよ。君一人で、だ」
(死ぬわ!! 断る!! 誰が行くかそんな自殺志願者の聖地!!)
「……わかった。行こう」
(俺の口が勝手に!! 「わかった」って言っちゃった!! クールなフリしなきゃっていう本能が、生存本能を追い越しやがった!!)
月島は感銘を受けたように目を見開いた。
「……素晴らしい覚悟です。藤崎さん。我々も全力でバックアップします」
「私も! 私もついていきます!」
さくらが、拳を握って叫んだ。
「藤崎さんみたいな人を、一人で行かせられません! 私のヒールは未熟ですけど、盾くらいには……!」
(いや、君が来たら俺、君を守るためにさらに死にかけの回数増えるよね!? でも断る勇気がない! 32歳独身、女の子の押しに弱すぎる!)
「……好きにしろ」
俺は無言で、ベッドから立ち上がった。
足元がまだ少しふらつく。
だが、その時、俺の視界にまた**「それ」**が見えた。
【現在のレベル:2】
【次の覚醒まで、あと12体の「核」が必要です】
(12体……。あの最悪な味を、あと12回も耐えなきゃいけないのか……)
俺は胃のあたりを押さえ、無表情のまま決意した。
この理不尽な世界で生き残るためには、俺はもう、人間をやめるしかないのかもしれない。
「……月島」
「はい、何でしょうか?」
「……ポテトチップスを。……のり塩だ」
(せめて、出発前に美味いものを食わせてくれ!!)
「……えっ? ポテチ……ですか? ……分かりました、用意します」
月島は困惑した顔でメモを取った。
こうして、レベル2の「捕食者」による、最初の地獄への遠征が決まった。
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