第2話:レベル1の「英雄」と、白衣の狂気

異能庁・新宿防衛本部。

そこは、かつての高級ホテルを改造した、要塞のような建物だった。

重厚な自動ドアをいくつも通り抜け、俺は月島に連れられて地下の「検査室」へと向かう。

 

(おいおいおい、マジかよ。至る所に武装した警備員がいるじゃねえか。しかも全員、銃だけじゃなくてオーラを纏った剣まで持ってるぞ。これ、俺が全盛期なら鼻歌まじりに突破できるけど、今のHP15じゃクシャミされただけで即死だぞ。絶対大人しくしてよう。ポテチ食わせてもらえるまで猫被ってよう)

 

俺は無表情のまま、月島の後ろを三歩下がって歩く。

その様子は、周囲の職員たちには「底知れない余裕を持ったベテラン」に見えたらしい。

 

「……あの人が、例の帰還者?」

「ああ。レベル1らしいが、新宿のブラックドッグを素手同然で狩ったらしいぞ」

「レベル1で? バグかよ……」

 

(ヒソヒソ聞こえる! めっちゃ聞こえるぞ! 期待値上げないで! 勘弁して! 素手じゃないし! 必死に鉄パイプで突っついただけだし!)

 

廊下の突き当たりにある強化ガラス張りの部屋。そこには、大量のモニターと、何やら怪しげなカプセルが並んでいた。

 

「藤崎さん。ここで詳細なステータス鑑定と、身体検査を行います。……あ、それと。あなたの担当を紹介しておきますね」

 

月島がそう言ってドアを開けると、そこには、だらしなく白衣を羽織り、ボサボサの銀髪をポニーテールにした女性が、カップ麺を啜りながらモニターを眺めていた。

 

「月島ぁ、遅いよー。せっかくのレアサンプルが来るって言うから、三時間も待ってたんだからね。……ん、そいつ?」

 

彼女は麺を飲み込むと、メガネをクイッと上げて俺をジロジロと見た。

その瞳は、獲物を見る肉食獣のような、あるいは新種を見つけた昆虫学者のような、危うい光を湛えている。

 

(うわ、関わりたくないタイプ筆頭だ。目がヤバい。絶対こいつ、麻酔なしで解剖とかしてくるタイプだろ。逃げたい。今すぐ異世界にUターンしたい)

 

「……」

 

俺は無言で、彼女をじっと見つめ返した。威圧感を出しているのではない。恐怖で表情筋が凍りついているだけだ。

 

「へぇ……いい目だね。死線を潜り抜けた男特有の、濁った色。私は白河 凛(しらかわ りん)。ここの解析班長兼、変態技術者だ。よろしくね、帰還者くん」

 

「……」

 

(変態って自称したぞこの女。月島さん、チェンジ。チェンジでお願いします!)

 

「藤崎さん、白河は口は悪いですが、技術は確かです。……白河、彼を鑑定して。特異帰還者としてのコードを発行する必要があるわ」

 

月島に促され、俺は渋々カプセルの中に入った。

まもなく、青白い光が全身をスキャンしていく。

 

『――スキャン完了。個体識別:藤崎 幸。ステータスを表示します』

 

モニターに、俺の貧弱なステータスが大写しになった。

 

【HP:15/15】

【MP:5/5】

【スキル:痛覚耐性 Lv.1】

 

「……ぶっ」

白河が吹き出した。

 

「あはははは! マジだ! マジでレベル1じゃん! しかもステータス合計値が、うちの事務の女の子(Lv.3)より低いよ! ギャグ? ギャグなのこれ?」

 

彼女は大爆笑しながら机を叩く。

月島は冷ややかな目でそれを見ていたが、俺の心はズタズタだった。

 

(笑いすぎだろ! こっちは10年必死に戦って、やっと帰ってきたんだぞ! 32歳の無職にレベル1を突きつける現実の厳しさを知れよ! 泣くぞ! 脳内で大号泣してるからな!)

 

「……白河、笑いすぎよ。彼はこのステータスで、実際に魔物を倒した。その『技術』こそが我々の求めているものよ」

 

月島が静かにたしなめると、白河はピタリと笑いを止めた。

彼女は俺に歩み寄り、至近距離で顔を覗き込んできた。

 

「わかってるよ。だからこそ『異常』なんだ。いいかい藤崎くん。この世界では、レベルの差は絶対なんだ。Lv.1がLv.15に勝つなんて、普通はありえない。……君の体、どうなってるのかなぁ? 筋肉の使い方が違うの? それとも、どこか異常なのかな?」

 

彼女の手が、俺の胸元に触れる。細い指先が、心臓の鼓動を確かめるように動く。

 

「……」

 

(近い近い近い! 美人だけど! 美人だけど性格と目つきが怖すぎるから! 心臓バクバクなのは緊張じゃなくて恐怖だから!)

 

その時、施設内に激しい警報音が鳴り響いた。

 

『――緊急事態発生。地下4階、第3実験室にて、収容中の魔物が暴走。鎮圧部隊は直ちに現場へ――』

 

月島の顔色が変わった。

 

「第3実験室……あそこには、さっき回収したばかりのブラックドッグの変異種が……!」

 

「おっと、そりゃまずいねぇ。あそこ、まだ新人の実戦訓練中じゃなかった?」

 白河がのん気にこちらを見ながら言う。

 

(え、これ俺、行かなきゃダメな流れ? レベル1の俺が行っても、ドッグの餌が増えるだけですよ? 月島さん、行かないよね? ね?)

 

月島は俺を真っ直ぐに見た。

 

「藤崎さん。厚かましいお願いなのは承知しています。ですが、現場にいる新入隊員たちは、魔物との実戦経験が圧倒的に不足しています。……あなたの『技術』を、見せてもらえませんか?」

 

「……」

(いやだよ! 怖いよ! Lv.1だよ!? ポテチ! 俺のポテチライフは!?)

 

俺の脳内は拒絶で一杯だったが、月島の手が、震えているのが見えた。

彼女は、自分の部下や仲間を助けたいと心から思っている。その真剣な眼差しを、無下にはできなかった。

それに、さっきの鑑定結果を見て一つ気づいたことがある。

ステータス欄の端っこに、薄っすらと、白河たちには見えていない(らしい)文字が浮かんでいたのだ。

 

【隠し条件:魔物の核(コア)を直接摂取することで、スキル《共食い》が覚醒します】

 

(……食べる? あのグロい肉を? 正気かよ。でも、これがないと俺はこの世界で生きていけないってことか……)

 

俺は深く、重いため息をついた。

……もちろん、声には出さない。

俺は無言で、部屋の隅に置かれていた「消火斧」を手に取った。

それを肩に担ぎ、部屋の出口へと歩き出す。

 

「……」

(「……任せろ」って雰囲気出てるかな? よし、出てるはず。中身は腰が抜けるほどビビってるけどな!)

 

「藤崎さん……。ありがとうございます」

 

「ふーん。面白いねぇ、レベル1の英雄サマ。……死ぬんじゃないよ? 君を解剖するのは私の役目なんだから」

 

白河の不吉なエールを背に受けながら、俺は戦場へと向かうエレベーターに乗り込んだ。

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