第1話 :無言と饒舌、そして異能庁


目の前の女性調査員は、俺が差し伸べられた手を掴んで立ち上がっても、一言も喋らない俺の様子を少しも訝しむことはなかった。

まるで、俺のような人間を見慣れているかのように。

 

「車両はそちらです」

 

彼女はそう言って、廃墟の陰に隠されていた、装甲を施された黒いSUV車を示した。一般車両にしては重厚すぎる。

 

(SUVか。異能庁って言ったな。てことは公務員か。公務員にこんな物々しい車が支給されるほど、この日本はヤバい状況ってことか……)

 

俺は無言で後部座席に乗り込む。もちろん、運転席の後ろだ。背後を空けるのは戦闘員の習性である。

女性は運転席に座り、シートベルトを締めた後、ようやく俺に向かって話し始めた。

 

「改めて。私は『異能庁』の広域災害調査員、月島 葵(つきしま あおい)です。藤崎さん。状況は?」

 

「……」

(状況? 状況も何も、最強だった俺がいきなりゴミレベルにされて、帰還3分で死にかけました、とでも言えばいいのか? それとも、10年間異世界で魔王をぶっ飛ばしてた、とでも?)

 

俺は無言で、ただ首を横に振った。

 

【脳内会議:正直に公言してはいけない!】

 今ここで色々正直に言ったらどうなる?

A. 「ふざけるな!」と怒鳴られて追い出される。

B. 「この怪我でLv.1がブラックドッグを倒したのか!? 虚偽申告か!?」と嘘つき扱いされる。

C. 「元最強戦士を名乗る精神異常者」として隔離され、人体実験の素材にされる。

 結論: どれも嫌だ。黙秘一択。今は情報収集の時間だ。あれ?でも名前なんで知ってるんだ?

 

「……そうですか。無理もないか」

 

月島調査員は俺の無言を、トラウマによるショックか何かだと解釈したらしい。気まずそうな沈黙の後、彼女はエンジンをかけた。車は静かに、瓦礫の道を走り始める。

 

「あなたのことは、『特異帰還者』としてすでに庁に報告されています。あなたのステータスも見ています」

 

彼女がサイドミラー越しに俺を見る。

 

「レベル1。それだけなのに、先ほどの戦闘、あなたはLv.15の魔物を単独で討伐した。これは前代未聞です」

 

(ひいっ! やっぱりレベル1とか帰還者とかバレてたか! 前代未聞って! そりゃそうだろ、技術と経験だけでゴリ押したんだから!)

 

「……」

 

俺は何も答えず、窓の外を流れる荒廃した街並みに目を向けた。この無言が、彼女には「謎めいた強者」に見えていることを祈る。

月島は続ける。口調は事務的だが、声にはどこか探るような響きがあった。

 

「あなたは10年前に消失しました。その間、地上は様変わりしています。私たちが呼んでいる『黒異点』は、10年前、世界中に突如発生した高濃度の『魔素(まそ)』が漏れ出るゲートです。そこから魔物が溢れ出し、世界は一度崩壊寸前まで行きました」

 

(消失した事も知ってるのね…魔素? 黒異点? 俺がいた異世界と全く同じ概念じゃねえか。つまり、俺のいた異世界と、この世界は繋がってるってことか?)

 

「政府はそれに対抗するため『異能庁』を設立しました。各国も同様です。世界は今、ステータス、レベル、スキルという概念を共有する、新しい秩序で動いています」

 

彼女は、無線で誰かと短い交信を交わした後、再び俺に視線を向けた。

 

「藤崎さん。あなたは異世界で何をされていたのですか? レベル1でありながら、あの動きができる理由を知りたい。それが、我々の今後の対策に不可欠です」

 

「……」

(何をしていたかって? 魔王を討伐を命じられて、人間界を救おうとしていたんだよ! そのせいでこっちはレベル没収されて瀕死なんだよ!)

 

俺は内心でブチ切れながら、冷静に(無言で)考える。

正直に話しても信じてもらえないだろう。しかし、完全に黙っているのも不自然だ。

俺はゆっくりと、右腕を彼女の方に向けた。

そして、人差し指で、窓の外に映る黒い粒子、すなわち『黒異点』の霧を指し示した。

(意図: 「お前たち(異能庁)が知っている情報なんて、俺がいた世界じゃ『基本』だ」という、圧倒的な経験値を無言でアピール!)

 

月島は俺の無言のアピールを正確に受け取ったようだ。

彼女の表情に、微かな緊張が走った。

 

「……理解しました。つまり、あなたは『向こう側』でも稀有な人間だった、ということですね。こちらの世界に、あなたにとって有用な情報は少ない、と」

 

(ご名答! 正解! ……ん?……稀有?……もうめんどくさいから、そういうことにしておいてくれ!)

 

俺は無言で頷いた。表情は相変わらずクールだ。

 

「わかりました。無理に話す必要はありません。ただ、あなたには一つ、確認しておきたいことがあります」

 

車は瓦礫の街を抜け、防護壁に囲まれた、まだ文明が機能しているエリアに入ろうとしていた。

 

「あなたのステータス画面には、『帰還者』という称号が表示されています。そして、『スキル:痛覚耐性 Lv.1』。しかし、あなたは本来、もっと多くのスキルを持っていたんじゃないですか?なぜ、これだけしか残っていないのですか?」

 

この疑問は、俺自身が抱える最大の謎だった。

 

(なんでだ? マジでなんで? 全部の能力を失うなんて、異世界のシステムではありえないバグだぞ。まさか、俺がいた異世界から転移してきた時に、世界の壁にぶつかってスキルが剥がれ落ちた、とか?)

 

俺は無言で、目を閉じた。

 

(意図: 「疲れた。その答えは、俺にもわからない」というアピール)

 

月島はそれ以上追及しなかった。

 

「……そうですね。分かりました。これ以上は、施設で専門家が調査します。あなたは今から、我々の保護下に入ります」

 

車は厳重なゲートをくぐり抜け、巨大な地下施設のような場所へと入っていく。

車内の照明が落とされ、静かになった。

 

「最後に一つだけ」

 

月島が静かに言った。

 

「藤崎さん。あなたは、どうしてレベルを失ったのですか? その答えがわからなければ、『あなたと同じように帰還した人々』も、全てレベル1になってしまうのか。それともあなただけの事象なのか」

 

彼女の問いは、個人の問題ではなく、世界全体の問題を提起していた。

俺は一瞬、心の中で絶叫しそうになった。

(そんなこと知るか! 俺は最強だったんだ! 理由なんかあるわけない! でも、もし本当にそれが世界のルールなら――)

俺は、窓の外を流れ去る人工的な光景を見ながら、無言で固く拳を握った。

(……もし、俺がレベルを失った理由が、この世界の誰かの『代償』だとしたら?)

それは、異世界で散々見てきた、最も残酷な魔法使いのルールだった。

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