第8話 『見抜く目』



 店長が受話器を耳に当てた瞬間、サークルの男子学生たちが弾かれたように動き出した。


「お、おい! ヤベェって!」

「俺、関係ねえし! 帰るわ!」


 蜘蛛の子を散らすように、出口へ向かおうとする彼ら。

 しかし、その足は一人の女性の声によって縫い止められた。


「――動かないで」


 凛とした、しかし絶対零度のように冷たい声だった。


 声の主は、佐倉美波先輩。

 彼女は腕を組み、出口を塞ぐように立ちはだかっていた。


「い、今ならまだ間に合うだろ! どいてくれよ佐倉!」


「間に合わないよ。今この店から出たら、警察に『逃亡の恐れあり』って伝えられるだけ。現行犯逮捕の要件、満たしたいの?」


 その言葉に、男子たちは石のように固まった。


 美波先輩はため息をつき、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


「店長さん。警察が到着するまで少し時間がありますよね」


「ええ。十分ほどかと」


「十分。……それだけあれば十分ですね」


 美波先輩は、私と黒川先輩の間に割って入った。

 そして、冷ややかな視線を黒川先輩に向けた。


「黒川。あんたさっき、『ひよりが金を隠し持ってるからボディチェックしろ』って言ったよね?」


「あ、あぁ……? それがどうした」


「じゃあ、今やりなよ。警察来る前に、私たちの手で白黒つけとこうよ」


 美波先輩は私に向き直り、少しだけ声のトーンを緩めた。


「ひよりちゃん。嫌かもしれないけど、今ここでカバンの中身、全部出せる?」


「……はい。構いません」


 私は頷き、トートバッグを逆さにして、テーブルの上に中身をぶちまけた。


 ガラガラと音を立てて、教科書、ルーズリーフ、筆箱、化粧ポーチ、そしてくたびれた財布が転がり出る。


「財布の中も見ますか? 三千円しか入ってませんけど」


「……いいよ、見ればわかる」


 美波先輩は散らばった荷物を指差した。


 封筒はない。一万円札の束もない。

 誰の目にも、私の無実は明らかだった。


「ないね。隠す場所なんてどこにもない」


 美波先輩は、再び黒川先輩を睨みつけた。


「次、黒川。あんたの番」


「は……?」


「財布出しなよ。あと、スマホのネットバンキングの画面」


 黒川先輩の顔が引きつった。


「な、なんで俺がそんなこと……!」


「十万下ろしたなら、出金履歴が残ってるでしょ? 封筒に入れて渡したなら、あんたの財布からは十万円減ってるはずでしょ?」


 美波先輩は一歩踏み出し、黒川先輩を追い詰める。


「見せなよ。見せられないなら――『最初からお金なんて下ろしてない』って認めたことになるけど?」


 逃げ場はなかった。

 現代において、お金の動きはすべてデジタルデータに残る。


「くっ、そ……」


「出せないんだ。……嘘つき」


 美波先輩は蔑むように言い捨てると、自分のスマホ画面を彼らに突きつけた。


「あとさ、私もう裏取ってあるんだよね」


「……え?」


「さっき、あんたの取り巻きたちにLINE送ったの。『今正直に言えば私が庇ってあげるけど、嘘つき通すなら共犯にする』って」


 画面には、さっきまで黒川先輩の後ろで威張っていた男子学生たちからの返信が並んでいた。


『ごめんなさい、黒川さんに合わせろって言われただけです』

『金渡すとこなんて見てません』

『許してください』


「な……ッ!?」


 黒川先輩が驚愕の表情で振り返る。

 男子学生たちは、気まずそうに目を逸らし、下を向いていた。


「お前ら……裏切ったのかよ!?」


「あんたが巻き込んだんでしょ」


 美波先輩の声が、トドメの一撃として響く。


「保身のために嘘ついて、一人の女の子を犯罪者扱いして。……あんた、男としても先輩としても、本当にダサいよ」


 店内は静まり返っていた。


 黒川先輩は顔面蒼白で、口をパクパクとさせている。

 もう反論の言葉も、嘘の種も尽き果てていた。


「はぁ……」


 美波先輩は深くため息をつき、長い髪をかき上げた。


「店長さん、警察にはこのまま来てもらってください。詐欺未遂と名誉毀損、あと強要罪ですかね」


「ええ、そのつもりです」


「黒川。警察来るまでまだ時間あるし、とりあえず今のうちにキャンセル料、集めようか」


 美波先輩は、呆然とする黒川先輩の手から無理やり財布を抜き取った。


「あんたが払わないなら、連帯責任。そこにいる全員から徴収するから。……さっさと出しな」


 抵抗する気力すら失った黒川先輩たちの姿は、あまりにも無様で、滑稽だった。

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