ランチを奢られる Part.1 #4
ジャイルがシチューを完食し、食後のコーヒーに口をつける。
この店のコーヒーは、メインのシチューと同様にどこまでも丁寧な味わいだ。
「お仕事をお探しでしたら、やはり冒険者ギルドに行ってみるのが良いと思いますよ」
ジャイルがカップを置き、改めて僕に向き直る。
「戦闘が不得手でもこなせる、街の中で完結する依頼もきっとあるはずです」
彼の言葉に、僕は記憶の中のクエスト一覧を思い浮かべる。
猫探しや落とし物の捜索といった探索系の依頼は確かに存在するが、報酬は安かったと思う。
だが、戦闘技術が問われないのであれば、今の僕が選べる最善の道なのかもしれない。
「私も学生の頃は冒険者でして、そうしたクエストをよく受けていました。一度、薬局の引っ越しを手伝う運搬クエストを数人の学生と受けたのですが、その店が裏で違法薬物を取り扱っていたらしくてですね。危うく私もお縄になるところでした」
ジャイルは笑い話のように語るが、僕の方は苦笑いを浮かべるしかない。
というか、街を跨いでの運搬クエストは記憶にあるが、「引っ越し」の依頼がある、というのは初めて知る話だ。
「まあ、冒険者ギルドが介入して、事なきを得たのですが。それで結果的に迷惑料として、本来の報酬の十倍ものエルマが手元に転がり込んできました。それが、私の冒険者としての最後の仕事です」
「そんな目に遭えば、辞めたくなるのも当然ですね」
「あ、いえ。そういうわけではなくてですね」
ジャイルが座り直し、姿勢を正す。
「具体的に申し上げると、私はその一件で、白金貨を一枚受け取ったんです。白金貨の実物を見たのは、その時が初めてです」
白金貨がどれほどの価値を持つのか、僕にはわからない。
だが、ジャイルの口ぶりから察するに、途方もない大金であることは想像に難くない。
「その白金貨を手にした時、私が冒険者として得られる収入は、これが最高到達点なんだろうな悟ってしまったんです。どんなに冒険者稼業に精を出しても、一回のクエスト報酬がこのアクシデントで得た金額を超えることは決してない。そう確信した瞬間、私はもう冒険者ではなくなってたんですね。アクシデントをどこかで待ち望むような人間は、もはや冒険をする資格がないんです」
確かにそうかも知れない、と思う。
「それで私は、商業の仕事に専念することにしたんです。ただ、その時の経験は今でも糧になっています。商売には運も必要ですが、幸運を待つことと、運に任せることは、全く別の話なんです」
人生訓としてはなかなか重みのある話だ。
ただ先ほどから、なんとなく僕に商売のことを語りたがっているのは、少し気になるところである。
やはり彼は僕を商人の道へ引き込みたいのかも知れない。
「なるほど……。すみません、ちなみにその違法薬物というのは、どうして発覚したんですか?」
どうしてもそこが気になり、僕はジャイルに問いかける。
本当のことを言えば、「その違法薬物とは何ですか?」と聞きたい。
僕の知るアストラル・オーブに、違法薬物なんてものは存在しない。
ドラッグの類なのか、それともドーピングのような強化アイテムの類なのか、非常に気になる。
でも、違法薬物に興味があるとは思われたくないので、僕は外堀を埋めるように当たり障りのない質問を投げる。
「話は単純です。引っ越しのドサクサに紛れて、強盗が現れたんです。それが白昼堂々の犯行だったため、目撃者が衛兵に通報したんです。私は現場に居合わせませんでしたが、居合わせた同じ依頼を受けていた学生の話では、本当にあっという間の出来事で、事情聴取の際も犯人の特徴を伝えるのに苦労したそうです」
犯人の特徴を認識できないほどの早業だったわけだ。
「当の強盗は、カナートを使って逃げ延びたようです」
カナート。
サザールの地下に広がる広大な地下水路であり、同時にダンジョンでもある場所だ。
いつの時代に誰が建造したのかは定かではないが、サザールの街そのものが、このカナートを基盤として築かれたとされている。
「それで、被害状況を調べるために荷物を検めたところ、違法薬物が見つかった、というわけです」
「引っ越し荷物に紛れ込ませていたんですか?」
「まあ、『普通に考えたら』そうなりますよね。こういうのもなんですが、脇の甘い話です。それに荷物の件だけでなく、警備の冒険者を一人しか雇っていなかった。それでは防ぎようがありません。ただ……」
ジャイルが言葉を切り、僕の注意を引くように一拍置く。
「違法薬物を扱うような店です。裏でどのような人たちと繋がっていたかは、容易に想像がつきます。引っ越しことを偶然嗅ぎつけた賊の犯行、というわけではないでしょう。この一件がなくても、遅かれ早かれその薬局は破綻していたはずです」
ジャイルが僕の目を見つめる。
「迷惑料は、そうした背景を加味されてあんな額になったんだと思います」
結局、違法薬物の正体を聞き出す糸口は掴めないまま、その話題は幕を閉じる。
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