ランチを奢られる Part.1 #3
「圧倒されましたよ」とジャイルが呟く。
彼の皿のシチューは、まだほとんど減っていない。
「すいません。つい夢中になってしまって」
ジャイルは気を取り直したように一つ咳払いをし、自分のシチューを一口食べる。
「……美味いシチューだとは思っていましたが。私はこの味に、慣れすぎたのかもしれません」
「いえ、僕を基準に考えないほうがいいと思います」
このままでは、僕の食べっぷりの話で昼食が終わってしまう。
そうなる前に、話題を切り替える。
「先ほどの話ぶりからすると、商業ギルド以外にも肉を卸しているところがあるんですか?」
僕の問いに、ジャイルが少しだけ意外そうな顔を向ける。
そんなことも知らないのか、という驚きが透けて見える。
「ええ。肉の狩猟は冒険者ギルドが担い、それに価値を付けて市場に流通させるのが商業ギルドの役割です。ですが、商業ギルドが設ける基準に満たない肉も当然出てくる。そういった肉は、冒険者ギルドが直接、安価に卸します。まあ、その質は推して知るべし、といったところですが」
ジャイルはグラスの水を一口含み、喉を潤す。
「ラドネルさんの……広場に出ている串焼きの屋台ですが、あそこは主に冒険者ギルドが卸した肉を使っていますね。もっとも、あの店は秘伝のタレが絶品ですから。肉の質が多少劣っていても気にならない、というところはあるのですが」
ちょうどその時、香ばしい湯気の立つコーヒーがテーブルに置かれる。
「私も、あのお店の串焼きはよく食べに行きますよ」
コーヒーを運んできたウェイトレスが、自然な動作で話に割って入ってくる。
「うちの店と同じくらい、あの屋台も歴史が古いんです。子供の頃から慣れ親しんだ味で……なんて言うんでしょう。口にすると、ヴェルガの味、という感じでホッとするんです」
歴史の話が出たところで、気になっていた件を確かめてみる。
「このお店は八十年前に開業されたと伺いましたが、それって、大きな災害が起きたと言われる時期と重なりますよね?」
「ほう、よくご存じで」
ジャイルが感心したように目を細める。
彼の言葉を受けて、ウェイトレスも深く頷く。
「はい、その通りです。この店は私の曾祖母が始めたのですが、店を開いてすぐに大地震に見舞われたと聞いています」
やはり、話に聞いていた「大災害」とは大地震のことのようだ。
「苦労して、栄華を誇っていたヴェルガの一等地に店を構えてすぐに、仕入れもろくにできない状況に見舞われて……。かなり大変だったそうです」
国を挙げて基幹道路の再整備が進められるほどの甚大な災害だ。
実際のところ、仕入れどころか、当時の住人に外食を楽しむ心の余裕があったのかすら怪しい。
それでもかつてのヴェルガならば、それを受け入れるだけの余裕があったのだろうか。
「それでもなんとか続けてきたのですが……ヴェルガの街はすっかり寂れてしまいました。でも、先代の父はよく言っていました。『だからこそ、店の味をじっくりと磨き上げることができたんだ』と。『もし活気のあるリーゼリオのような街に移転でもしていたら、日々の忙しさに追われて、この味は失われていただろう』とも」
彼女の言葉に、ジャイルが深く頷く。
「商売とは得てしてそういうものです。目先の利益を追うよりも、長く価値を提供し続けることのほうが、よほど難しい。ヴェルガは確かに、富の流れからは外れてしまった街かもしれません。しかし、だからこそ、この街でしか生み出せない価値というものがあるのです」
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