ランチを奢られる Part.1 #2

ジャイルが重厚なドアを開け、僕を中へと促す。


店内に足を踏み入れた瞬間、煮込まれた肉と芳醇な赤ワインが混じり合った、美味そうな香りに包まれる。


店内はそれほど広くない。カウンターが六席に、四人がけのテーブルが四つほど。


「ああ、ジャイルさん。いらっしゃい!」


カウンターの向こうから、朗らかな声が響く。


客商売の鏡のような明るい笑顔を浮かべた若いウェイトレスだ。


その奥の厨房では、精悍な顔つきの若い料理人が、真剣な眼差しで鍋から皿へと料理をよそっている。


「やあ。景気はどうですか?」


「おかげさまで、ぼちぼちですよ」


この世界の商人同士の挨拶も、現代とさほど変わらないらしい。


幸いにも四人がけの席が一つだけ空いており、僕らはそこへ案内される。


ウェイトレスがメニューを差し出すが、ジャイルはそれを開きもせずに僕を見る。


「ここはシチューが名物なんです。わざわざリーゼリオから食べに来る人がいるくらいでして。よろしければ、シチューにしませんか?」


断る理由など、この香りを嗅いだ時点でどこにもない。


ジャイルはシチューを二人前注文する。


「この店は商業ギルドを通じて、質のいいヘルバイソンの肉を仕入れているんです。肉質も確かで、臭みが全くない。まあ、臭みに関しては店主の腕も大きいですが」


「ヘルバイソンの肉は昨日いただきましたが、確かに驚くほど美味しかったです」


「ほう……それは、どちらで?」


「アイリシアさんにご馳走になりまして。ナーマンさんのお店で買ったサーロインをステーキで」


その言葉を聞いた瞬間、ジャイルが不安げな表情を浮かべる。


「そうですか、サーロインを……」


重々しく呟くその反応から察するに、どうやら彼の中での料理の格付けは、シチューよりもステーキの方が上らしい。


会話が途切れるか否かのタイミングで、湯気の立つシチューと、バゲットの盛られた籠がテーブルへ運ばれてくる。


艶のある深いブラウンソース。


惜しげもなく使われた赤ワインの芳醇な香りが、立ち上る熱気と共に鼻腔を突き抜ける。


その香りだけで胃袋を掴まれ、うっとりと目を細める僕を見て、ジャイルが愉快そうに口角を上げる。


「これは……きっと、すごく美味しいですね」


「間違いありません」


「……いただきます」


僕はスプーンを手に取り、そっと一口運ぶ。


正直なところ、昨日のステーキのような、脳天を撃ち抜かれるような衝撃を予想していた。


だが、これは違う。


じんわりと、舌の上でほどけるように優しい旨味が広がっていく。


これは家庭料理の延長線上にある、究極の「普通」だ。


当たり前のことを奇をてらわず、一切の妥協なく、丁寧に行い、磨き抜かれ、洗練された普通の味。


毎日食べても飽きることがなく、毎日食べても感動が薄れることがない。


真に豊かな食事とは、こういうものを指すのかもしれない。


僕は言葉を失い、ただ黙々とシチューを口に運ぶ。


無心に、それでいて一口一口を慈しむように。


気づけば皿はすっかり空になっている。


ふと我に返ると、ジャイルだけでなく、ウェイトレスやカウンターの客までもが、呆気に取られた様子で僕を見つめている。


「……そんなに、美味しかったですか?」


ジャイルの問いに、昨日も同じようなことを聞かれたな、と思い出す。


「ものすごく美味しいです。本当に、いい仕事をされているのがわかります」


僕の言葉に、ウェイトレスがパッと顔を輝かせて近寄ってくる。


「もう一皿いかがですか?」


「あ、すみません。お腹はちょうどいいので、大丈夫です」


少し残念そうな顔をしながらも、「そんなに美味しそうに召し上がる方は初めて見ました」と彼女は微笑む。


少し気恥ずかしくなり、僕は「いえ、本当に美味しいんです」と同じ言葉を繰り返す。


前の世界で、決して貧しい食生活を送っていたつもりはない。


だが、この世界の食べ物は、まるで僕の味覚を狙い撃ちするために作られているかのように、ことごとく魂に響く。

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