商業ギルドで求職する #5
その後、何度となく商工会議所を辞去しようと試みるのだが、その度にジャイルに引き止められ、結局のところ三時間近く、彼の話に付き合わされる羽目になる。
悪い予感は的中したのだ。
彼はよほど暇を持て余しているのだろう。
堰を切った身の上話は、留まるところを知らない。
一度トイレを口実に席を立ち、扉を閉めた瞬間、自分でも驚くほど深いため息が喉から漏れ出る。
ジャイルは王都サザールから単身赴任で来ているらしい。
サザールの格式張った暮らしよりも、ヴェルガののんびりとした気風が性に合っているそうだ。
「この街の人は誰も私のネクタイの柄を気にしません。最近では、どこまで許されるか試したくなってきました。いずれ水玉模様に挑戦しようと思っています」
単身赴任とはいえ、家族に会えない寂しさといったものは特にないらしい。
「妻も商業ギルドの仕事をしていて、四六時中顔を合わせていたんです。いざ離れて暮らすと、妻の小言を聞かなくていいということに気がつきました。それが気楽というかなんというか。……妻の耳には入れられませんが」
ただ、ペットの愛猫のことだけは恋しいらしく、こちらで新しく飼うことも考えたが、故郷の猫への後ろめたさが先に立ち、いまだ実現には至っていないという。
「私の方はそれぐらい想っているんですが、いずれサザールに帰った時に、私を忘れていないかが気がかりでして……」
そんな他愛のない話の合間にふと、かなり興味を引かれる話題が差し挟まれる。
彼の娘が、大学で魔法学を専攻しているそうだ。
「私や妻には、魔法の才能などほとんどなかったのですが、なぜか娘にだけは才能を授けてくれたようなんです。下に息子もおりますが、彼は付与魔法だけどうにか使えるものの、やはり姉には遠く及ばない」
僕の知るゲームの知識では、魔法はメイジやプリーストといったジョブに紐づく能力だ。
しかし、ジャイルの子供たちは、学生なのだから、何らかのジョブに就いているはずがない。
それでも、娘は大学で魔法を学び、息子は付与魔法を使える。
この世界でジョブというものは概念的なものなのかもしれない。
あるいはもっと単純に、続編で魔法やスキルの仕様が変わるのかもしれない。
「私と妻、双方の先祖を遡っても、大した魔法の使い手はいませんでした。私の祖母が探索魔法に定評があって近所で評判だった、ぐらいで。つまり、娘だけが特別なんです。まさか自分の娘が大学で魔法を学ぶことになるなんて、夢にも思いませんでした。正直に言えば、妻の不貞を疑ったことさえありますよ」
ジャイルはそこで言葉を切り、コルサスの後に淹れられた、何の変哲もないコーヒーを一口含む。
僕にとっては、そもそも魔法の才能が遺伝によって左右されるというのも初めて知る話だ。
「それで、娘がお世話になっている大学の教授に、一度尋ねてみたことがあるんです。なぜ、娘だけがこれほどの魔法の才能を? と。すると教授は、こともなげに『ただ、そう決められて生まれてきただけだ』と、そう言うんですね」
僕は知らず知らずのうちに、テーブルへと身を乗り出している。
「稀に、親の特性を一切受け継がずに生まれてくる子供がいるそうなんです。遺伝の法則を無視して、ある種の才能を携えた人間が、何の前触れもなく生まれる。そうした子供は、後天的な能力の伸びも凄まじく、場合によっては才能そのものが別のものに変質することさえあるそうです」
その話を聞いて、それは「プレイヤーキャラ」なんじゃないか、と思い当たる。
ゲームのキャラメイクで、「親のステータスはこうだから」などと、そこまで設定を練り込んで能力値を割り振るプレイヤーはいない。
誰もが己の理想を追求し、思うがままに能力値を割り振る。
アストラル・オーブではレベルアップごとに取得した能力値を配分できるが、それによって後天的にキャラクターの方向性が大きく変わることもある。
そう考えれば、「そう決められて生まれてきた」という教授の言葉は、あまりにも的を射た比喩に思える。
しかし、もしこの世界がアストラル・オーブそのものなのだとすれば、プレイヤーキャラは一人のはずだ。
ジャイルの口ぶりからすれば、そういった子供は何人も生まれているニュアンスである。
続編がMMOになるという情報は、少なくとも僕の知る限りでは存在しない。
発表されたタイトルは『アストラル・オーブ・オンライン』ではなく、あくまで『アストラル・オーブ2(仮)』で、ソロプレイという前提が覆ることはないはずだ。
あるいは、続編では何らかのCo-opのような、不特定多数のユーザーと世界を共有するオンライン要素が新たに追加されるのだろうか。
「そういう子供は、それなりに生まれるものなんですか?」
「詳しい数までは聞いていませんが……。教授の口ぶりから察するに、まれに、という感じでしたね」
やはり、何らかの形でオンライン要素が加わる可能性はありそうだ。
今はテストプレイの段階で、内部で何人か投入されているのかもしれない。
「魔法の才能をどんどん伸ばす娘を見て、時々不安になったものです。この子は本当に私の子なのだろうか、と。何か、他人から預かった子を育てている……そんな感覚に陥ることもありました。ですが、教授の話を聞いて、すとんと腑に落ちたんです。『そういうものなのだ』と」
ジャイルは再びコーヒーカップに口をつける。
「教授の口調が、あまりにも当たり前のことのように聞こえたからです。『人間には男と女がいる』とでも言うような普通さで。まあ、いずれにせよ、私が手塩にかけて育てた娘なことに違いはありません。その娘が、魔法の世界の最前線で懸命に頑張っている。それだけで満足です」
子供のいない僕には、まだ味わうことのできない感覚だが、きっと親子というものは、そういうものなのだろう。
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