商業ギルドで求職する #4

「あの、すいません。失礼な質問かもしれませんが、『暇を持て余している』というのは……」


話題を変えるために、僕はそんな質問を投げかける。


僕の問いに、ジャイルはカップに注がれた自身のコーヒーへと視線を落とす。


「……ええ。ギルドに加盟してくださる店舗がほとんどないのです。ですから、大抵の仕事は午前中に終わってしまいます。……それと、お気づきかもしれませんが、この支部に私以外の職員はおりません」


支部長自ら訪問者のためにコーヒーを淹れる姿を見れば、他に人手がないことは明らかだ。


「ええ、まあ、なんとなくは」


「本当に、私一人なのです。必要がありませんから。何しろ、やることがない」


ジャイルは力なく微笑む。


僕の知るヴェルガでは信じられないような状況だ。


交易で栄え、人でごった返していた活気に満ちたヴェルガは、もはや遠い昔話なのだ。


「この建物は、元は兵舎だったと聞いています。多くの兵士が生活をしていたそうです。ですが、交易の中心がヴェルガからリーゼリオへと移り、街の財政が厳しくなると共に、兵士を雇い続けることができなくなった。それで、お城はこの兵舎を手放すことにしたみたいです」


今の彼の話は、僕がアイリシアから聞いた話と符合する。


「そしてそれを手に入れたのが商業ギルドです。有効活用の名目でこの兵舎を手に入れ、街の財政に恩を売りつつ、お城に食い込もうとしたのでしょう。しかし、当時のギルドは一つ、大きな見誤りをします。街の衰退する速度が、想像を遥かに上回っていたのです」


商いを束ねる組織が、その商機を見誤る。


僕からすれば、それは致命的な失態に思える。


「結局、何の旨みもないまま、この支部の職員は時間をかけて、一人、また一人と減らされていきます。そして今では、この通り私一人。それもお飾りのようなものです」


ジャイルはそう言うと、深く項垂れる。

その肩はひどく小さく見える。


「本来なら、独立した支部ではなく、リーゼリオ支部の出張所で事足りるのです。そうしない理由がわかりません。もちろん上の者に尋ねたりはしました。でも誰も理由を説明できない。大きな組織とはそういうものです」


なんとなくわかる気はする。


前世の会社組織でも、似たような不条理はいくらでもあった。


僕はふと思いついたことを尋ねてみる。


「先ほど『ギルドに加盟している店舗がほとんどない』とおっしゃってましたが、それは逆に『ギルドに加盟していない店舗が割と存在する』という理解でよろしいでしょうか」


僕の言葉に、ジャイルは虚を突かれたように顔を上げる。


「ええ、まあ……。加盟していないお店の方が多い、というのが現状です。保険の利用などで関わりを持つ店はあっても、加盟料を払ってまで正式に、とはなかなかなりません」


「そういった未加盟のお店に、ギルドへの加入を勧誘するような営業活動はしていないのですか?」


僕の質問にどんな意図が含まれているか、彼は即座に察したのだろう。


ジャイルの表情が引き締まり、その眼差しに鋭い光が宿る。


「なるほど」


彼は腕を組み、しばし考え込む。


「ギルドとしても、加盟店は喉から手が出るほど欲しい。ですが、未加盟の店の多くは小規模で、彼らにとって加盟料に見合う恩恵をギルドが提供できていないという問題があります。これは我々商業ギルド全体の課題でもありますが……。そういった現実が、勧誘を難しくしているのです」


ジャイルはじっと僕の目を見据える。


「それと、ギルドの職員でもない外部の方に加盟の勧誘を依頼する、というのは論外です。ギルドの信用問題に関わりますので」


彼の言うことはもっともで、僕の考えが少し甘かったことを思い知らされる。


「ちなみにですが、ギルドの職員になるには、どうすればいいのでしょうか」


「……まあ、一般的にお答えするなら、採用試験を受けていただくことになります。ですが、次の試験は半年以上先になりますね」


どうやら、商業ギルドそのもので職を得る試みは、ここで潰えたようだ。


僕が内心でため息をつくと、ジャイルは不意に口の端を上げてニヤリと笑う。


「しかし、あなたはなかなか才気ある方ですね。それに肝も据わっている」


その目は少しも笑っていない。


「きっと、商売に向いていますよ」


今度はこちらが感心する番だ。


「いえ、僕には資金も商材もありません。店を開くとかは、考えたこともないです」


「資金面でしたら、当方でかなり手厚く支援できます。起業する方への貸付制度もありますし、広場の屋台であれば、賃料も格安で提供できますよ。何しろ、あのレイエも店を構えることができるのですから」


「あの」という部分に込められた皮肉が、彼の感情をありありと物語る。


屋台で何かを売る。


確かに悪くない選択肢に聞こえるが、売るものがない。


何より、会社という組織の歯車としてしか生きたことのない僕にとって、自分の裁量一つで全てが決まる商いの世界は恐ろしい。


「まだこの街に来たばかりで、右も左もわからない状態です。それに、自分で商売を始めるなど、今まで考えたこともありませんでした。店を持つということは、相応のリスクと覚悟を背負うことですから」


僕は慎重に言葉を選び、自分の考えを伝える。


ジャイルは黙って僕の話を聞いている。


「今はまだ、その覚悟も、商売のアイディアもありません。ですが、今後の選択肢の一つとして、考えさせていただきたいと思います」


「……わかりました」


ジャイルは静かに頷き、そして、諦めきれないといった風に、ぽつりと呟く。


「ただ……その誠実さは、やはり商売をする上で大きな武器になると思うのですがね」

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