商業ギルドで求職する #3
「頭の痛い存在、ですか」
「広場の営業権の管理は商業ギルドの管轄です。利用料は売上に応じて算出されますが、彼女は売上の全額を教会に寄進しています。つまり、あの屋台は儲けを一切出していないので利用料を徴収できず、さらに場所の賃料は教会への寄進で全額控除対象となる」
そして、あえて強調するようなため息をつく。
「つまり、我々は彼女から一エルマも取れないまま、広場の一部を占有され続けている。なんというか、彼女は制度の盲点なんです」
なるほど。
商業ギルドにとっては、これ以上なく厄介な存在だ。
売上の全額を即座に寄進に回す商売人がいるなんて、ギルド側も想定していないはずだ。
だが、僕がそれ以上に気になるのは、彼女が本当に売り上げの全てを教会に寄進しているという事実と、あの女神像に金を払う人間が確かに存在するという事実だ。
「まあ、彼女も厳しい人生を歩んできた人ですし、悪意があるわけではないんです。広場の屋台も数が少ないので、場所を空けてほしいとも思いません。ですが、規定の利用料を払っている他の店子たちに示しがつかない、というのもまた事実でして」
「他の屋台の方々は、どう思っているのですか?」
「皆、レイエには同情的です。それに、私個人としても大目に見たい。……あ、いや、これはここだけの話にしていただけると助かります」
「承知しています」
「詰まるところ、ギルドの沽券に関わる問題なのです。この状況に本部が気づいた時、どういう沙汰が下るか。考えるだけで胃が痛くなりますよ」
エステラ屋がいつからあの場所で商売をしているのかは知らない。
だが、これほどの特例が今まで本部に発覚していないというのも妙な話だ。
ジャイルが自己保身のために報告を堰き止めているのか、誤魔化しているのか。
それとも、報告はしているが本部が放置しているのかはわからない。
「他の場所に移ってもらう、ということはできないんですか?」
「あの広場以外の路上営業はお城の管轄になります。そうなれば、我々がお城から文句を言われるだけです。そもそも、レイエの屋台は広場でこそ成り立っています」
面倒事を避けたいのは、どこの組織も同じだ。
彼女は確かに、様々な意味で「厄介」な存在なのかもしれない。
「なるほど……」
僕は手の中の女神像に目を落とす。
「でも、レイエさんが真剣なのは今のお話でよくわかります」
彼女は本当に信仰のために、あそこで屋台を構えているのだ。
僕の言葉に、ジャイルは一瞬虚を突かれたような顔をし、それから深く頷く。
「彼女の信仰は、本物です。だからこそ、私も邪険には扱えない。私自身はエステラを特に信仰してはいませんが、レイエが心から大切にしているものを踏みにじりたくはない」
そう言って、ジャイルはまた重いため息をつく。
「彼女の彫る女神像は、率直に言って稚拙なものだと思います。ですが、彼女は真剣に、一心にあの像を彫っている。そして文字通り、信仰のためにその身を削っている。大したものですよ。……ただ、ギルドのことも少し考えてほしいだけなんです」
ジャイルはそう言ってコーヒーカップに手を伸ばすが、中身がコルサスであることを思い出したのか、口をつけることなくソーサーに戻す。
「その女神像は、どういった経緯でいただいたのですか?」
それは、説明するにはあまりにも複雑な話だ。
僕自身のエステラに対する考えを、全て話さなければならなくなる。
「すみません。それは、レイエさんと僕との個人的なことですので」
僕はそう答える。
「ああ、失礼しました。もちろんです。信仰に関わることですし、詮索するつもりは毛頭ありません」
ジャイルは慌てて、そう取り繕う。
「……しかし、そこまで商売っ気がないとは……」
もはやギルドの管轄外だ、という諦めなのだろう。
そもそも、売り上げの全てを寄進している時点で、それは商売とは呼べないのだろう。
そして当の本人は、夜の仕事で生計を立てている。
そちらの稼ぎに商業ギルドが口を出すことは一切ないのだろうから、ジャイルにできることは何もない。
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