商業ギルドで求職する #1
城へと続く大通りの入口に立つ。
右手には石造りの教会が聳え立ち、その荘厳な姿を眺める。
僕が知るゲームの中のビジュアルと、寸分違わない。
百人ほどは収容できそうな規模だが、信徒が数えるほどしかいないという今のヴェルガには、明らかに不釣り合いな大きさの施設だ。
その教会の向かいに、目的の商工会議所がある。
低い石塀に囲まれた、申し訳程度の庭。
その奥に控えるのは、まるで学校の校舎を思わせる無骨な建物だ。
大きな窓が整然と並び、窓越しに通路とその先に並ぶ部屋のドアが見える。
宿舎と言われれば納得してしまうような外観で、ここで事務仕事が行われているとはにわかには信じがたい。
門は開け放たれ、その脇に掲げられた看板には、ペンとインク壺の意匠が彫り込まれている。
その下の方に、かろうじて読めるほどの小さな文字で「ゔぇるがしぶ」とあるが、「商業ギルド」の文字は見当たらない。
このペンとインクの絵が、商業ギルドの印として広く認識されているのだろう。
門番の姿はなく、僕は背筋を伸ばして一つ息を吐き、門をくぐる。
建物の中へ足を踏み入れると、がらんとした吹き抜けの空間が広がり、その奥には広間のような部屋が見える。
かつては集会所か食堂にでも使われていたのだろうか。
その奥まった一角で、机に向かって何やら書類を読み耽る男性の姿がある。
身なりがとてもキッチリしていて、着ているスーツも商人然としたしつらえのいいものだ。
僕の存在にはまだ気づいていないようだ。
僕は広間の入口に立ち、声をかける。
「こんにちは」
静寂を破る声に、奥の男は驚いて肩を揺らし、弾かれたようにこちらを見る。
彼の目には一瞬、侵入者を見るような鋭い光が宿るが、すぐにそれは霧散する。
僕の姿を頭のてっぺんから爪先まで値踏みするように眺め、やがてその視線は僕の右手でぴたりと止まる。
そこには、先ほど手渡された木彫りの女神像が握られている。
「あの、僕はリオンと申します。旅の者なのですが……。今回、少々込み入った事情がありまして、この街で仕事を探したく、こちらへ伺いました」
僕はそう言いながら、女神像を握る右手をさりげなく背後へ回す。
ツカダ、と名乗るか少し迷うが、リオンの方がこの世界には馴染むだろう。
「仕事、ですか?」
男は手にしていた紙の束を、机に置く。
「はい。この街へ来る道中でモンスターに襲われ、荷物も路銀もすべて失ってしまったんです。なので、この街で何か仕事を得られないかと」
「はあ……それでこちらへ? 冒険者ギルドではなく?」
やはり、それは当然の疑問だ。
当座の金を稼ぐなら、冒険者ギルドでクエストをこなすのが一番手っ取り早い。
「ええ。恥ずかしながら、僕はモンスターとの戦闘にかなり不向きな人間でして。おそらくツインテール一体が相手でも、まともに戦えないと思います。ですので、お金を稼ぐには、街の中でできる仕事を探すしかないんです」
ここは正直に話したところで、支障はないだろう。
「失礼ですが、それで荷物や路銀を失ってしまうような旅を?」
男が訝しげに問いを重ねる。
確かに、ここは少し整合性が取れない。
ツインテール相手にすらおぼつかない男が、モンスターの徘徊する外の世界を旅するなど、どう考えても不自然だ。
「詳細は申し上げられないのですが、ある事情で、どうしてもこの街へ来る必要があったんです」
少し含みを持たせ、伝家の宝刀を抜く。
「今はアイリシアという方のお世話になっておりまして、彼女からこちらのことをお聞きし、伺った次第です」
アイリシアの名前を出すことに一抹の後ろめたさを感じつつも、昨日の服屋での話に寄せて、ぼやかしておく。
アイリシアの名が出た途端、男の強張っていた顔からふっと力が抜け、目に見えて安堵の色が浮かぶ。
やはり、彼女の威光は確かだ。
「ああ、アイリシアさんのところに……。では、もしかして『血まみれの男』というのは……」
「……はい。僕のことです」
何とも言えない複雑な心境で、僕は肯定する。
不名誉極まりない二つ名だが、こうして身の助けになることもあるのだ。
男は安心しきった顔で、机の前の椅子を勧める。
「どうぞ、お座りください」
促されるまま、僕は男の前の椅子に腰を下ろす。
手中の女神像の処遇に一瞬迷い、そっと膝の上に横たえる。
「私はジャイルと申します。この商業ギルド、ヴェルガ支部の支部長を務めております」
彼はそう自己紹介を終えると、少し言いにくそうに口を開く。
「……それで、仕事をお探しとのことですが、大変申し上げにくいことに、こちらでは職の斡旋といった業務は行っておりません」
あまり期待はしないようにと自分に言い聞かせていたが、改めてそう告げられると、やはり落胆は隠せない。
「そもそも、この街で当ギルドに加盟している店舗がほとんどなくてですね。ナーマンの台所という大きな店を除けば、個人経営の小さな店ばかりなのです。ご紹介できるとすればナーマンさんのところくらいですが、あいにく今は人手が足りているご様子でして」
畳み掛けるように、頼みの綱であった「ナーマンの台所」への道が、こうもあっさりと断たれる。
「アイリシアさんのご紹介ということもありますので、お力になれないのは大変心苦しいのですが……。いえ、念のため、加盟店には一度確認してみましょう」
「いえ、こちらこそ、突然のお願いで申し訳ございません。何かありましたら、その節はよろしくお願いいたします」
それで話は終わりだろうと、僕が席を立った、その時。
「あ、いえ、お待ちください。せっかくお越しいただいたのですから、せめてお茶でも一杯」
ジャイルが慌てたように引き止める。
「いえ、とんでもないです。お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございました」
「……いえ」
彼は力なく首を振り、ぽつりと漏らす。
「正直に言うと、暇でして。持て余しているくらいなのです」
彼のその言葉に、僕は返す言葉もなく、ただその場に立ち尽くす。
「どうぞ、おかけください」
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