娼婦と信仰を語る #4
僕は言葉を選び、慎重に口を開く。
「女神エステラの存在自体は信じていますが、信仰しているかと聞かれると、少し違うかもしれません」
それは、僕が元いた世界で抱いていた宗教観とほとんど変わりがない。
神や仏の存在を漠然と認めながらも、それが自らの人生に特段の影響を及ぼすわけでもなく、教えを学んで実践するようなこともない。
そもそも僕はエステラの教義すら知らないのだから、信者として何をすべきかもわからないのが本音だ。
「存在を信じているというのは、信仰していることに他ならないのではありませんか?」
店主の指摘はもっともだ。
確かに、神の存在を信じることが、信仰の中でも一番の難関かもしれない。
「いえ、おそらくは違います。うまく説明できないのですが……」
一度言葉を切り、思考を整理する。
女神エステラは、星の運行を司る力を持っている。
そして、かつて僕はゲームの中で、「モフモフ」を通じ、エステラの力を行使して実際に星を動かした経験がある。
「この世ならざるもの」を見て、ここがゲームの中であることは、ほぼ確信に近い。
ならば、僕が今いるこの世界にもエステラは存在する。
それは信仰ではなく、単なる事実認識だ。
「僕は、星の運行を司るという女神エステラの力を信じています。あの圧倒的な星空が、何の理由もなく動いているとは思えません。なので、女神エステラの存在は揺るぎない事実だと思っています。疑う余地はありません。だから、僕は女神を信じるために何かをする必要を感じていないんです」
多少の出まかせは混じるが、僕側の事情としては概ね真実だ。
店主はしばし目を伏せ、僕の言葉を吟味するかのように沈黙する。
やがて、何かを悟ったように深く頷くと、棚の上から手頃な大きさの女神像を手に取る。
「こちらをお持ちください。お代は結構です」
「え……?」
思わず、間抜けな声が漏れる。
代金を払って店主の信仰の一助となるのならまだしも、正直言って、物としての木彫りの女神像は本当に不要だ。
「あなた様の信心は、手前どものような者とは比べ物にならないほど深い。あなた様のような方にこそ、この像を持っていただきたいのです」
店主の目は、一点の曇りもなく真剣だ。
「この像は、手前どもが丹精込めて彫り上げたものです。あなた様の元にあることが、手前どもの喜びとなります」
店主は深く頭を下げ、僕に像を差し出してくる。
僕の顔にはあからさまな困惑が浮かんでいるに違いない。
だが、これを受け取らない限り、話が進みそうにもない。
店主の信仰が本物だと伝わってくる今、僕が受け取ることが彼女の喜びになるのなら、拒む理由もない。
それに何より、僕の懐も痛まない。
そう覚悟を決めても、やはり僕が手に持て余しそうな木彫りの像を前に躊躇していると、店主の視線がふと、屋台のそばに鎮座する巨大な木彫りの女神像へと向く。
「そこまでおっしゃるなら、ありがたく、頂戴します」
何かを察し、僕は慌ててそう告げる。
僕が手頃な方の木彫りの像を受け取ると、店主は安堵したように顔を上げ、満面の笑みを浮かべる。
その屈託のない微笑みは、見ているこちらの頬まで緩ませる力がある。
「失礼ですが、旅の方でいらっしゃいますか? お見かけしたことがないもので……」
「はい。昨日この街に着いたばかりなのですが、事情があって、しばらく滞在することになりました」
本当のところ、一生ここに留まることになるのかもしれないが。
「さようでしたか。では、一度教会へお越しください。きっとエステラ様も、あなた様をお待ちしております」
「ええ。近いうちに、必ず」
このやり取りと関係なく、教会へは行くことになっていただろう。
何しろ、教会こそがアストラル・オーブにおける、核心の施設なのだから。
僕は店主に一礼してその場を離れ、本来の目的地である商工会議所へと歩き出す。
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