娼婦と信仰を語る #1

やがて紅茶を飲み終えたアイリシアが、カチャリと小さな音を立ててカップをソーサーに戻す。


「そろそろ、皆が働き始める時間だね。商工会議所に行ってみるかい?」


彼女は、穏やかな口調でそう言う。


「はい。行ってみます。それで、その商工会議所というのはどの辺りにあるのでしょうか?」


「ああ、ここからすぐだよ。広場にあるエステラ様の像、あの左斜め後ろに見える建物がそうだよ」


彼女の言葉を頼りに、僕は記憶の中の地図を広げる。


ゲーム内に商工会議所という施設は存在しない。


ならば、何か別の建物と入れ替わっているはずだ。


女神像の真後ろは城へと続く大通り。


その通りの右手には女神エステラを祀る教会があり、そこはアストラル・ジェムの受け取りや祝福の享受を行う場所だ。


では、その向かい側は──確か。


「兵舎だったところ、でしょうか?」


僕の問いに、アイリシアは頷く。


「……その通りだよ。今は街が寂れて、兵士を雇う余裕もない。それで商業ギルドに売り渡したんだ」


財政的に困窮し、脅威である魔物も姿を消した今、多くの兵士を抱える理由はないのだろう。


昨日見た門番の貧相な装備にも合点がいく。


「しかし、商業ギルドもよくあそこを買い取ったものだよ」


アイリシアは小さなため息を漏らす。


「交易の拠点がリーゼリオに移りつつあった時期だったからね。あえてあの建物を手に入れた理由も、そもそも改めて商工会議所を設置した意味も、私にはよくわからないんだ」


その「よくわからない場所」に、僕は今から職を求めに行こうとしているのだ。


一抹の不安がよぎるが、贅沢を言える立場ではない。


「では、行ってきます」


席を立とうとした僕を、アイリシアが「ああ、ちょっと待って」と呼び止める。


すっと立ち上がった彼女は僕のそばに寄ると、懐から銀貨を一枚取り出し、目の前に差し出す。


「何かと入り用だろう。持っていくといい。なくなったら、またあげるよ」


差し出された銀貨を前に、一瞬ためらいがよぎる。


銀貨一枚は百エルマ。


昨日の買い物の様子から察するに、決して安い金額ではない。


しかし、今の僕に遠慮している余裕はないのも事実だ。


これは、素直に受け取るべきものだ。


心の中で、いつか必ずこの恩は返すと固く誓う。


「……ありがたく、いただきます」


僕は銀貨を受け取り、ズボンのポケットに滑り込ませる。

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