エルフが魔法の歴史を語る #8

アイリシアが紅茶を一口含み、喉を潤す。


「君にはおそらく、わからない感覚だと思うけれどね。鍛錬を積んだメイジは、他人が発動した魔法を術式として明確に認識できるんだ。なんと言うか……属性を制御している空間に、幾何学的な図形が存在するように『感じる』んだよ」


彼女が魔法を行使する時、僕にはそんな予兆など微塵も感じられない。

けれど、おそらくゲームで術式が展開されるエフェクトに近いものを、この世界のメイジは感覚的に捉えているのだろう。


「実際、そこには人為的な属性の流れが生まれているわけだからね。視覚的にはっきり見えるわけではないけど、図形として認識できる。そこで、他人が認識しやすい図形とはどんなものか、と考え出す者が現れる。日常的に属性の流れに触れているメイジ以外にも、属性の流れを認識させようとする試みが始まるんだ」


いまいち話の筋が見えず、僕は曖昧に頷く。


「人体への属性の通りやすさには個人差がある。いわゆる『耐性』だね。そこで属性の流れを無理やり人体に通すのではなく、術式そのものを無意識に認識させることで、対象者本人に属性の受け入れを介助させれば、効果が十分に発揮されるんじゃないか、というアプローチが生まれるんだ」


説明する彼女の言葉に、次第に熱がこもり始める。


「その試みはうまくいった。それまで付与魔法として剣や防具といった無機物に対する強化は研究が進んでいたんだけど、このアプローチによって、人類に対する強化魔法や弱体魔法、回復魔法が一気に花開いた。耐性に関係なく、そこそこ安定して効果を発揮できるようになったんだ。もっとも、君ほど極端な耐性の持ち主は、残念ながら対象外だけどね」


アイリシアが悪戯っぽく僕を見る。


僕が悲しそうな目をしていたのかもしれない。


彼女は一つ咳払いをすると、慌てて言葉を継ぐ。


「その認識に関する研究の末、魔法は人間の精神にまで踏み込む。精神魔法の誕生だよ。人の思考を読んだり、感情を操作する魔法は、医療の分野にも革命をもたらした。けれど……それは同時に、人の尊厳を揺るがしかねない、危険な領域だった。今では禁忌として封印された魔法も少なくない」


「禁忌、ですか?」


「リンク・コグニションやゲイン・テンションみたいに、一時的な効果のものはまだいいんだ。まあ、使い方によってはそれでも危険なんだけど。でも、認識や記憶や人格までも永久に書き換えるような魔法もあった。母親と息子で人格を交換されたドワーフの親子の存在が発覚して、大問題になったんだ」


想像するだけで背筋が寒くなる話だ。


「それで精神魔法の研究は下火になるんだけど、知的好奇心までは止められない。精神という領域が切り拓かれると、次なる探求の矛先がどこへ向かうか……わかるかい?」


「……モンスター、ですか?」


「その通りだよ。魔法が人の心に届くのなら、モンスターにも通用するのではないか、と考えた者たちがいたんだ。彼らの試みによって、それまで謎に包まれていたモンスターの生態に関する膨大な知見が得られた。……もちろん、決して少なくない犠牲の上に成り立っているんだけどね」


「犠牲、ですか?」


「モンスターの心を知ろうとしたんだ。心中、平穏ではいられない者が出てきても不思議はないだろう? 猫を可愛がるのとはわけが違う」


彼女がふっと目を伏せる。


「けれど、その犠牲のおかげで、弱体魔法はモンスターに対しても絶大な効果を発揮するようになった。そんな激動が、たった十年ほどの間に起きたんだ。それが『ルネサンス』だよ」


「それは、いつ頃の話なんですか?」


「術式が生まれて二百年後くらいだから……八百年ほど前だね」


「特許は、その前に取得したということですか?」


アイリシアは白い指先でカップの取っ手を撫でながら、得意げに胸を張ってみせる。


「そうだよ。自然に流れる属性にはムラがある。それを均一にするための『整流回路』を私が作ったんだ。精度が求められる魔法には、大抵組み込まれているはずだよ。高出力魔法に組み込まれる『加速器』も私の発明だ。どちらもいろんな魔法に使われているから、結構な使用料がもらえるんだ」


術式の仕組みなど露ほども知らない僕でさえ、それが重要そうな発明だということはなんとなく理解できる。


その使用料が一体どれほどの額になるのか。

つい下世話な興味が湧くが、それを尋ねるほど僕は無粋ではないつもりだ。


「特許に期限はないんですか? 八百年もの間、使用料を貰い続けているということですよね」


キョトンとした顔で、アイリシアが首を傾げる。


「なぜ期限が必要なんだい?」


その問いに、僕は言葉に詰まる。

特許が永続することに、彼女は一片の疑念も抱いていない。

僕がいた世界の常識とは、著しく感覚がずれている。


「この世界で取得した特許は、死ぬまで有効ということですか?」


「そうだよ」


「だとしたら、エルフと人間とでは貰える額に著しく差が出ますよね。少し、アンフェアな気がします」


アイリシアは、フンと鼻で笑う。


「人間だって死ぬまでもらうんだ。死んだ後に使用料を使えないのはアンフェアだとでも言うつもりかい?」


確かに、死んでしまえば金など使えるはずもない。

逆に期限を設ければ、長命種であるエルフにとってのアンフェアだ。

特許が永続するのは、この世界の現実に即したフェアネスの形なのかもしれない。


「それに、一度にもらえる額は人間ほどじゃないんだ。それでアンフェアだなんて言われたら、たまったもんじゃないよ」


一応、そこは考慮されているらしい。


「……なるほど。すいません」


僕はその理屈を、紅茶と共に静かに飲み込む。

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