エルフが魔法の歴史を語る #6
立ち上る湯気の向こうで、アイリシアが静かにスープを口へ運ぶ。
僕はパンを千切る手を止め、ふと気になった「あの物騒なジョブ」について尋ねる。
「アサシンというのは、人を殺めるためのジョブですよね。どうして、あれほど大っぴらに活動しているんでしょうか」
僕の問いに、アイリシアの手が止まる。
スプーンを置いた彼女が、静かな瞳をこちらに向けてくる。
「百年ほど前は、アルザールから逃げ延びた本物のアサシンが、やむを得ず傭兵として活動していたんだ。彼らも好んで表舞台に立っていたわけじゃないと思うよ」
祖国を追われ、生きるためにその技術を売るしかなかった彼ら。
その境遇を想像し、わずかな同情が胸をよぎる。
「それに君は知らないかもしれないけど、今やアサシンはシーフと同じく、形骸化しているんだ。かつての彼らの活動でスキルや訓練法が露見して、誰でもなれるようになった。今さら隠れて人を殺めようとするアサシンなんて、本国のアルザールにすらいるかどうか怪しいね」
それは予想外の答えだ。
誰でもなれるということは、ごく普通にジョブチェンジが可能だということだろう。
もし続編がリリースされるなら、アサシンはプレイアブルなジョブとして実装されるに違いない。
「その本物のアサシンと関わりはあったんですか?」
そう尋ねると、アイリシアはふっと目を細める。
「関わりかい? あったよ。私も昔は前線にいたからね。野良のパーティーに参加して討伐していたから、その時々で色々な人と組む。その中にアサシンがいたこともあった」
懐かしむような表情を浮かべ、アイリシアは再びスープを口にする。
そして、窓の外へ視線を投げ、ぽつりと呟く。
「昔は、この辺りも物騒だったんだ」
確かに、ゲームでのヴェルガ周辺は、強力なモンスターが闊歩する危険地帯だったはずだ。
「今でこそ、この辺りにいるのはハウリングウルフくらいなものだけど、昔は街に攻め込んでくるような気骨のあるモンスターが群れをなしていた。それを、皆で撃退していたんだ」
アイリシアの視線が僕に戻る。
「今の状況は、昔を知る者としては少し信じがたいものがあるね。何かを境に数が激減するのではなく、じわじわと、本当に少しずつモンスターが減っていったんだ。今やこの辺りでは、凶悪なモンスターの姿を見ることもなくなった」
「どうしてモンスターは減ったんですか? 討伐の結果ですか? それとも、この街の衰退と関係が?」
実際のところ、街の衰退と無関係ではなさそうだ。
交易の拠点として人が行き交っていたこの場所に、モンスターたちが吸い寄せられていたのだろう。
衰退している今、モンスター側にしてみれば、攻め入る利点がなくなっているのかもしれない。
「さあね。ただ、モンスターの繁殖力を考えれば、我々が討伐した数なんて微々たるものだよ。それに君の言う通り、この街の衰退も無関係ではないと思う。でも……直接のきっかけは、やはり百年前にある。そんな気がするんだよ」
昨日の僕の話が、彼女の実感とリンクしたのだろうか。
「それに、この世ならざるものが現れ始めたのも、ここ百年くらいのことなんだ。……うまくは言えないけど、何というか、百年前を起点に、この世界がものすごい勢いで、じわじわと変わっている。そんな気がするんだ」
スプーンを持ったまま、アイリシアは遠い目をして物思いに沈む。
「ものすごい勢いで、じわじわと」という矛盾した言い回しの意味が、僕には理解できる。
続編の舞台を整えるため、この世界が急ピッチで書き換えられているのだ。
しかしその渦中にいる住人にとっては、百年の歳月に希釈され、実感の伴わない緩やかな変化としか認識できない。
けれど、そのことを彼女にうまく説明することはできない。
「最近、その変化が加速している気がするんだよ。新種のモンスターの発見も相次いでいると聞くし……はっきり言えば、君の存在もそうだ。この世界で何かが起こっているのは、間違いない」
僕自身のことを除けば、その「何か」の正体を、僕は知っている。
でも僕は何も言えないまま、ただ黙々と朝食を終える。
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