エルフが魔法の歴史を語る #4

「術式の、何がそれほど衝撃的だったのですか?」


僕の問いかけに、アイリシアは少し考える素振りを見せる。


「君は原初魔法を知っているかい?」


「いえ。初めて聞きます」


「魔法の原理そのものは、原初魔法も近代魔法も変わらない。この世界に絶えず流れる属性の流れを制御し、現象を呼び起こす。それが魔法というものだよ」


そう言って、アイリシアは優雅な仕草でティーカップを口元へ運ぶ。


「モンスターの中には、突然炎の球を出したり、雷を落としたりするものがいる。あの能力は一体何なのか、という探究心から魔法は始まっている」


僕の頭に、ゲームのモンスターが思い浮かぶ。

スフィア・フレアを放つ「パイロ・リザード」や、ストライク・エレクトロを操る「テンペスト・スライム」だ。


「私が生まれる前の話で、名前も消息もわからないけどね。とあるエルフが、その能力に興味を持ち、ひたすら観察を続けたんだ。そして彼は……便宜上、彼と呼ぶけど、女性かもしれない。とにかくそのエルフは観察の結果、モンスターの能力を使えるようになるんだ」


「どうやって、ですか?」


「まず、その能力はモンスターの体内から出るものではない、ということに気がつく。単純だけど、重要な発見だよ。モンスターの何らかの働きかけで、外部の何かが炎や雷に変わる、そういう見立てをしたんだ。今の知見で言えば、それが属性の流れの制御ということになる」


生物の進化の過程で、属性の流れを無意識に感じ取り、それを制御する術を身につける。

ゲームにおいては「そういうものだ」と軽んじてきたモンスターの魔法について、こうして語られると、その進化の壮大さに感銘を受ける。


「さらに観察を続けるうちに、そのモンスターの働きかけを認識できるようになった。つまり、モンスターが何をしているのかがわかるようになったんだ。そして、それを自分もできるのではないかと考え、永い鍛錬の果てに、属性の流れを感じ、制御する方法を身につけ、ついに魔法を発動させる。それが原初魔法の誕生だと言われている」


「……それは、やはりエルフだからできたことですよね。話で聞けばあっという間ですが、一朝一夕にできそうな話には聞こえません」


「その通りだよ。彼が具体的にどれほどの時間をかけたのかはわからない。そもそも原初魔法の習得には、百年や二百年という鍛錬では到底足りないほどの時間を要するんだ。人類最初の魔法を発動させるまで、千年以上かかっていたとしても不思議ではないね」


不老であることに加え、それだけ長い間一つのことに打ち込めるというのも、エルフの特性なのだろうか。


「だから、現実問題として魔法はエルフの特権だった。モンスターが何をしているのか理解するだけでも数百年。時間をそんなふうに費やせるのはエルフだけだ。おまけに、そんな物好きはエルフにもそうはいない。だから、魔法というのはかなり特殊な能力だったんだ」


カチャリ、と澄んだ音を立てて、アイリシアがカップをソーサーに戻す。


「そんな状況に現れたのが、アルマというエルフだ。彼は原初魔法の使い手だったが、その修練の成果を『術式』という形に昇華させた。術式はいわば、流れの制御を定式化したものだよ。魔法の発動を勘や感覚に頼るのではなく、属性の流れというものを定義し、その掴み方、操り方を確立して、明確な中間イメージを介して流れを操作し、魔法を発動するという、全く新しい概念を生み出したんだ」


アイリシアは僕をじっと見る。


「君も『火の玉を出したい』と思った時に、『とりあえずモンスターを観察しろ』と言われるより、『図形を思い描き、その回路に属性を通せ』と言われた方が、やれそうな気がしないかい?」


「……なんとなくですが、わかります」


属性を通す、という感覚は皆目見当もつかないが、具体的な手順がある方が実現可能な気がするのは確かだ。


「それに、明確な概念は他者へ伝達することができる。文字の登場と同じだよ。術式の革新的な点はそこにある。魔法を『学べるもの』へと変えたんだ」


そこで言葉を切ったアイリシアは、少し微笑む。


「私は魔法にはあまり興味がなかった。けど、学べば使えるとなれば話は別だ。だから、嗜むことにしたんだよ」


彼女の話を聞き、僕の内に期待が芽生える。


「それは……例えば、僕も術式を学べば、魔法が使えるようになるということですか?」


期待を込めて尋ねるが、アイリシアはわずかに眉をひそめる。


「まあ、適性というものはある。そして君はおそらく……はっきり言って、絶望的なまでに適性がないと思うよ」


容赦のない言葉が、僕の期待を微塵に打ち砕く。


思わず肩を落とす僕に、アイリシアの声が、諭すような響きを帯びる。


「昨日、君にリンク・コグニションをかけた時、精神を繋ぐ余地が全くなかったんだ。最初、耐性のあるアサシンかとも思ったが、そういう次元の話じゃない。君という存在は、この世界の属性の流れの外にいる。そうとしか考えられないほど、私の魔法は通用しなかった」


リンク・コグニションは昨日、僕が何者なのかという問いに窮した際、彼女が使おうとした魔法だ。


アストラル・オーブにおいて、それはプレイヤーが使えない特殊な魔法で、ストーリーの重要な局面で登場する。


ユーラを信仰する教団に現れたガレイドは当初対話でコンバージ・ジェムを譲ってもらおうとする。


その時、ある教団幹部が、ユーラから神託を受けたことを証明するため、ガレイドにリンク・コグニションを提案する。


結局、それ以前に、教団内部の意見対立でその提案は実行されないのだが、その際に登場する魔法だ。


「君はやはり『この世ならざるもの』なんだよ」


その言葉が、僕とこの世界の間に横たわる、どうしようもない断絶を突きつけてくる。


「今後も、使える見込みはないんでしょうか」


諦めきれずに問うと、アイリシアは少しだけ逡巡する素振りを見せる。


「それはわからない。この世界に馴染んで属性の流れを感じられるようになる、という可能性もあるだろうね。ただ、あまり期待はしない方がいい」


せっかく異世界に来たというのに、物語の主人公のように魔法を操ることはできない。


その事実が、ずしりと重くのしかかる。


僕の様子を見て、アイリシアがふっと口調を和らげる。


「お腹は空いたかい?」


その優しい響きに、強張っていた思考がわずかに解れる。


空腹を感じる余裕さえなかったが、彼女の気遣いはありがたい。


僕はこくりと頷く。


「……はい。いただきます」

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