エルフが魔法の歴史を語る #3
それからしばらく、会話が途切れる。
僕にはどうしても気になることがある。
しかし、それを尋ねるのは失礼にあたるという理性が働き、言葉を切り出せないでいる。
そんな僕の逡巡を見透かしたように、アイリシアが穏やかな眼差しでこちらを見つめる。
「何か、聞きたいことでもあるのかい?」
その言葉に背中を押され、僕は意を決して口を開く。
「あの……先ほどのお話ですと、特に決まったお仕事はされていないご様子でしたが……差し支えなければ……、どのように生計を立てていらっしゃるのでしょうか?」
恐縮している僕の緊張を解きほぐすように、アイリシアはくすりと微笑む。
「ああ、そんなことかい? 私は特許をいくつか持っていてね。その使用料が毎年入ってくるんだ」
想像の斜め上をいく答えに、完全に虚を突かれる。
この世界に、特許制度が?
思考が停止しかけたその瞬間、ある記憶が脳裏をよぎる。
そういえば確かにゲームの中に特許の話は存在する。
武具への複合属性付与は、北方の国エンゴ・ランザにあるグワイナードの鍛治工房でしか行えない。
その工房を初めて訪れると、ドワーフのグワイナード自身がその理由を語るイベントが発生するのだ。
属性の力を武具に宿す鍛造法そのものが、グワイナードが生み出したもので、特許によって保護されている、と。
単一属性付与の特許は無償で公開され、他の工房でも自由に行える。
しかし、複合属性付与には莫大な使用料が設定されているため、実質グワイナードの工房のみに制限されているのだ。
それは利潤の追求ではなく、付与に用いる台座の鍛造が大変な危険を伴うため、他の鍛冶師の安全に配慮し、あえて制限しているとのことだ。
複合属性付与は、かなり有効な武器の強化方法なので、そこら中の鍛冶屋でできるようになるとゲームバランスが崩れる、という事情もあるのだろう。
アイリシアは話を続ける。
「術式の基盤部分に関する特許だから、これが結構な額になるんだよ」
術式はファンタジーものでは定番の概念だが、アストラル・オーブにも存在する。
ゲームで魔法を発動する際のエフェクトは輝く魔法陣なのだが、その模様は術式にしたがって記述されている、という設定だ。
魔法という神秘的な力と、特許という極めて現実的な制度の結びつき。
それは、ただゲームをプレイしているだけでは決して知り得なかった、この世界のリアルな側面だ。
「そういえば、昨日拝見したスフィア・ルミナスも、術式を改変したとおっしゃっていましたが、そういった研究をされているのですか?」
「いや、そういう堅苦しい物ではないんだ」
アイリシアはどこか遠い過去を懐かしむように目を細める。
「私は、近代魔法の誕生に立ち会っているんだ。魔法が発展していく様を、この目で見てきた。私自身もその発展を手助けした当事者の一人だよ。だから、少しばかり詳しいんだ。特許はルネサンスが始まる前に取得したもので、いわゆる先行者利益というやつだね」
近代魔法やルネサンスというのは初めて聞く言葉だ。
しかし、なんとなくこの世界の魔法史に関わる概念なのだろうということは想像がつく。
「近代魔法の誕生、というと……いつ頃のお話ですか?」
「千年くらい前だね。アルマという天才が術式の概念を生み出す。それが近代魔法の始まりだよ」
「アルマ……その名前には聞き覚えがあります」
アストラル・オーブには、アンシェントという分類の魔法が存在する。
魔法の黎明期に天才アルマが生み出したとされ、現代から見れば術式が単純なため相対的な威力は低いが、発動が早く、連射性やマルチキャストに優れるという特性を持っている。
昨日アイリシアがハウリングウルフを仕留めたアロー・エレクトロも、そのアンシェントに分類される魔法だ。
「ほう、アルマを知っているのかい?」
アイリシアが心底面白そうに僕の顔をのぞき込む。
「……とは言っても、アロー・エレクトロやスフィア・フレアの生みの親、というくらいで。そこまで大それた人物だとは、思ってもみなかったです」
「とんでもない天才だよ。アルマは『術式の生みの親』と呼ばれているが、私に言わせれば過小評価だ。『魔法の開祖』といってもいい。術式という概念は、それぐらい衝撃的なものだったんだ。当時の私が、それまでの生き方を捨ててメイジに転向するほどにね」
「……以前は、ハンターを?」
僕の言葉に、アイリシアの動きがぴたりと止まる。
彼女は少し目を見開いてから、やがて悪戯っぽく口の端を吊り上げる。
「君は本当に目ざといね。その通りだよ」
腰に提げられたハンティングナイフは、やはりその頃の名残なのだろう。
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