この世ならざるものを見る #6

物置を出て、アイリシアが隣の部屋へと僕を促す。


彼女が手をかざすと、先ほどと同じように光の球が生まれ、簡素ながらも落ち着いた空間を照らし出す。


部屋は意外と広い。窓際には木のベッドと小さな机が置かれているだけで、他に家具はない。


「ここで休むといい」


そう言うと、アイリシアは部屋の隅にある木の扉を開ける。


「ここがクローゼットだよ。買ってきた服はここに入れておくといい」


彼女は魔法を使わず、クローゼットの中から布団を取り出し、手際よくベッドメイキングを始める。


「あ、僕がやります」


慌てて申し出るが、アイリシアは「明日からそうしてもらえるかい」とだけ返すと、黙々とシーツを伸ばし、枕を整える。

その手つきは驚くほど慣れていて、あっという間に寝床が完成する。


「本当に、何から何までありがとうございます」


感謝以外の言葉が見つからないのが、もどかしい。


「君はお礼ばかりだね」


アイリシアは、少し楽しそうに言う。


本当に世話になりっぱなしで、返せるようなものは今の僕には何もない。

それでも、この感謝の気持ちだけは、きちんと伝えなければと思う。


「私はこの街に住んで、もう三百年ほどになる。でもこの客間を使うのはこれが初めてなんだ」


三百年。

彼女の言葉に、どう返せばいいのか分からず、僕はただ黙って彼女の顔を見る。


「その間、誰かが私を訪ねてくることはあっても、私から誰かを招き入れたことは一度もない。そのことに、ふと気がついたんだ。私は永い時を生きてきたけれど、こうして誰かを招くというのは、私にとって『生まれて初めての経験』なんだよ」


そう言って、アイリシアは小さく微笑む。


少なくとも二千年という時を生きてきた彼女が、誰かを招いたことがないというのは、かなり意外だ。


「食事の時、君は本当に美味しそうに食べてくれただろう。私の料理を素直に褒めてくれるのが、なんだかとても嬉しかったんだ。きっと、これが客人を招く理由なんだろうね。私はそんなことすら知らなかった」


アイリシアは、まっすぐ僕の瞳をのぞき込む。


「それに、君は全く別の世界から来たと話したね。君が誠実な人間であることは、話していて分かる。その言葉に嘘はないのだろう。おまけに、この世界のことに異常なほど詳しい。そしてこの世ならざるものだ。君という存在を観察するだけでも、私は十分に楽しめそうだ。だから、感謝されるのは嬉しいけれど、そんなに気にすることはない。君の面倒は私が見るよ」


それは、今の僕にとって、何よりも心強い言葉だ。


言葉に詰まる僕の肩を、アイリシアは軽くポンと叩く。


「さあ、お茶でも飲もう」


そう言って、彼女は部屋を出ていく。

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