この世ならざるものを見る #5

この世ならざるものとして彼女が挙げた、邪神。


そんなものを森に送り込む理由など、僕が知るよしもない。


「……おそらくそうですが、理由は、わからないです」


張り詰めた空気に耐えかね、僕は話題を変えるべく必死に言葉を探す。


「触っても、いいですか?」


「……もちろんだよ」


僕は一番興味を惹かれたワイヤーフレームの書物に、そっと手を伸ばす。


密度は低いが、白い線が確かに書物の形を成している。

手で触れると、線の間にもコリジョンが存在し、掴むことができる。


持ち上げてみる。


確かに書物としての重みを感じるが、向こう側の景色は透けたままだ。

表面の質感や模様といったテクスチャデータが、全く用意されていない状態。


いわゆる「ダミーデータ」や「仮アセット」と呼ばれるものだろう。

開発のかなり初期段階で投入されたものが、何かの手違いで残ってしまったのか。


あるいは、これは単なるバグなのかもしれない。

仮のテクスチャすらないものが、この世界に投入されるとは考えにくい。


いずれにせよ、本来ならあるはずのないデータだ。

ある程度開発が進んでも修正されないのであれば、単なる内部データとして残っている可能性もある。

それが修正、あるいは削除される前に、アイリシアが偶然発見し、ここに保全したという事なのだろうか。


書物を開いてみる。


ページはめくれないものの、真ん中あたりでパカっと割れる。

しかし、開いても向こう側が透けて見えるだけだ。


「作りかけということは、いずれ完成したりするのかい?」


「それは、僕にも分かりません。でも、おそらくこのままだと思います」


こうして長い間この状態を保っているのなら、おそらくこのまま放置されるのではないか、という気がする。


「で、これは危険なものかい?」


再び、アイリシアが問う。


「それも、分かりません」


正規の品でない以上、その存在自体がこの世界にとって異物であることは間違いない。

これがあることで、最悪の場合、この世界がフリーズ――いや、崩壊する可能性だって、ゼロとは言い切れない。


「ただ……危険なものだとして、これをどう処分すればいいのか、見当もつかないですよね」


僕がそう言うと、アイリシアは深いため息をつく。


「そうなんだよ。……正直、手に余っているんだ」


ゲームであれば、不要なアイテムは「捨てる」コマンドで簡単に処分できる。

捨てられたアイテムはフィールドにドロップされ、ゲーム終了時に消滅する。


だが、ここは現実だ。


この世界にどんな影響が出るか分からない以上、安易に捨てるような真似はできない。


そもそも、ゲームを終了することができない。


「これは、もうしばらくここに置いておくことにするよ」


「その方がいいと思います」


このままアイリシアの家に置いておくことすら、本当は危険なことなのかもしれない。

でも、今まで何も起きていないのなら、下手に動かさないのが一番安全だ。


あるいは、いつか「アップデート」が適用されて、これらが正常なアイテムに変わる可能性も、万が一にはあるかもしれない。


僕は棚の上に並ぶ「この世ならざるもの」を、もう一度じっくりと眺める。


僕が今いるこの世界は、アストラル・オーブによく似た、どこか別の異世界などではない。


棚に並んだ奇妙なオブジェクトたちは、僕が「ゲームの世界そのものにいる」のだという揺るぎない事実を、静かに、しかし明確に突きつけてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る