この世ならざるものを見る #3

アイリシアはエプロンを脱ぎ、棚からバゲットが盛られた籠を取り出してテーブルに置く。


「お酒は飲むのかい?」


「飲めなくはないですが、進んで飲む方ではないです」


「私もそうだけど、今日はステーキだし、少しだけ飲もう」


そう言って、棚からワインの瓶とグラスを二脚取り出す。


アイリシアが瓶の底を指先で軽くコツンと叩くと、コルクが指で抜ける程度まですっと押し上がる。

それがあまりにも自然なので、魔法なのかどうか一瞬判別がつかない。


アイリシアはグラスに本当に一口か二口ぐらいのワインを注ぐ。


席についた彼女は、「君を歓迎する。乾杯」といってグラスを掲げる。


僕も「乾杯」と答え、グラスを重ね、一口飲む。


目の前には、先ほど度肝を抜かれた分厚いヘルバイソンのサーロインステーキが鎮座している。

以前動画サイトで見たアメリカのBBQに勝るとも劣らない迫力で、それを独り占めするわけだ。


ナイフを入れると、驚くほど柔らかく、肉汁がじゅわっと溢れ出す。


驚いたことに、余熱調理の時間もなかったはずなのに、生焼けでもない。


ポット越しに紅茶を温めるように、肉の芯から熱を通す魔法のような方法があるのかもしれない。


「いただきます」


口にした瞬間、濃厚な肉の旨味が口いっぱいに広がる。

塩コショウだけのシンプルな味付けが、素材本来の味をダイレクトに引き立てている。

噛み締めるごとに、上質な脂と肉の旨みがなだれ込んでくる。


僕は思わず目を瞑ってその旨みに身を委ねる。


「そんなに美味しいかい?」


僕の味わう姿を見て、むしろ少し引き気味にアイリシアが尋ねてくる。


「こんなに美味しい肉は初めて食べました」


それは紛れもない本心だ。


会社の経費で高級焼肉を味わった経験もあるが、あれは揉みダレやつけダレの功績が大きい。


これほど純粋に肉そのものが美味しいと思ったのは初めての経験だ。


「野生の牛とは思えないほど上品な味わいです。それに、焼き加減も素晴らしいです」


表面は香ばしく焼き上げられ、中は絶妙なミディアムレアに火が通っている。


僕の言葉に、アイリシアは満足そうな笑みを浮かべている。


そして僕は、設定でしか知りえなかったヘルバイソンの味を、今まさにこうして味わっているという事実に、僕は静かな興奮を覚える。


そのあまりの美味しさに感動しつつも、いかんせん五百グラムはやはり多い。

半分を過ぎたあたりから、僕のナイフとフォークを進めるペースは目に見えて落ちる。


一方のアイリシアは、僕よりもゆっくりとしたペースだったが、淡々と食べ進め、涼しい顔で大きなステーキを見事に平らげてみせる。


まだ半分ほど残っている僕の皿に目をやり、アイリシアが「もう限界かい?」と尋ねてくる。


僕は力なく頷く。


「いいよ、無理しなくても」


そう言って、アイリシアは残っていたグラスのワインをくいと飲み干す。


「私が食べていいかい?」


僕は一瞬呆気に取られるが、すぐに頷き、ステーキが乗った皿をそっとアイリシアへ差し出す。

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