エルフとショッピングに行く #4

服屋を出て少し歩くと、すぐに食料品店に辿り着く。


看板には「なーまんのだいどころ」とある。


その下には小さく「ひびのげんきはしょくじから」という言葉が添えられている。

どこの世界であれ、この原則は変わらない真理らしい。


「君を歓迎する意味でも、少し贅沢をしよう」


アイリシアがそう言って扉を開ける。


中は肉や魚、瑞々しい野菜まで扱う、元の世界で言うところのスーパーマーケットのような品揃えの店だ。

店内は思いの外広く、買い物カゴを持った客でそこそこに賑わっている。


仕事帰りと思しき男性の姿もちらほら見えるが、この店には惣菜や弁当といった「出来合いの食料品」は見当たらない。

この世界の男たちは、一人暮らしでもマメに自炊をするのだろうか。


アイリシアは品物を特に吟味するでもなく、棚の上や手前から必要なものを掴んでは、慣れた手つきで次々とカゴへ放り込んでいく。

服屋の時と同じく、その動きに一切の迷いがない。


肉のコーナーに差し掛かると、そこには場違いなほど美しい金髪の女性が立っている。

すっと束ねられた髪、通った鼻筋にぱっちりとした目。

首から上だけを見れば、深窓の令嬢と言われても信じてしまいそうだ。


しかし、彼女が身に着けたエプロンは、昼間の僕が浴びた血に勝るとも劣らないほど赤黒く染まり、乾いて変色したシミがそこかしこにこびりついている。

手には大きな肉切り包丁を握り、首から下だけを見れば、バーサーカーと評しても差し支えないほどの迫力だ。


「やあ、ヘルバイソンのサーロインをもらえるかい。ちょっと厚めで二人分を頼むよ」


アイリシアが声をかけると、肉コーナーの女性は見た目にそぐわない威勢のいい声で応える。


「へい、毎度!」


ヘルバイソン。


僕もよく知っているモンスターだ。

平原ならどこにでも生息する猛牛で、レベル上げの際には随分と世話になる。

攻撃方法が突進ばかりと単調なため、アクションが苦手でも対処は容易い。


おまけに肉はギルドでそこそこの値で売れるから、レベル上げついでに金策もできる、二重の意味で「美味しい」モンスターなのだ。


その上、肉の味そのものまで美味しいという設定もある。


サーロインなどという部位の概念が存在することは今回初めて知ったが、ギルドに卸された後は、そうやって解体され流通するのだろう。


ヘルバイソンの部位なども、ゲーム本編や設定集の埒外にある裏設定、というか、この世界を現実として成立させるために必要なディテールなのかもしれない。


僕がそんなことを考えている間にも、店員は見事な手つきで肉の塊を切り分けていく。


包丁の無骨な見た目とは裏腹に、その刃は吸い込まれるように滑らかに肉を断ち切っていく。

無駄に前後させることなく、大きなストロークでスッ、スッ、と刃を入れていく。


それにしても、これは冗談としか思えないほどの分厚さだ。

「ちょっと厚めで」と頼んだ結果とは到底思えない。

切り終わった肉は、まな板の上で当然のように自立している。

あれをさらに二等分するのかと思いきや、店員が肉を横に倒すのを見て、あれで一人分なのだと気づく。


切り終わった肉の断面は驚くほど滑らかで、力任せに押し切ったような痕跡は一切見当たらない。


「……大丈夫なんですか?」


アイリシアにどう尋ねたものか一瞬言葉に詰まるが、なんとか声を絞り出す。


「何がだい?」


「いえ、その……あまりにも分厚すぎるような気がしまして」


「ああ、ちゃんと火は通るから大丈夫だよ」


僕が聞きたいのはそういうことではないのだが、少なくとも注文間違いではないことは確認できる。


「はい、ありがとう!」


威勢のいい声と共に、店員は厚手の紙に包んだ肉を手渡してくる。


アイリシアよりも先にそれを受け取ろうと手を伸ばす。

ずしりと腕に響く思いの外の重さに、思わずたじろぐ。


紙には「さろ 1003」と走り書きされている。

僕の推測が間違いなければ、およそ一キログラムの肉ということになる。


これを平らげる時のことを想像し、早くも胃袋が満腹感に近いものを覚え始める。

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