エルフとショッピングに行く #1
夕暮れの斜陽が差し込む家を出て、僕はアイリシアと共に再びヴェルガの街へと足を踏み出す。
中央広場へと続く大通りに差し掛かると、ゴォン、と重く低い鐘の音が頭上から降り注ぐ。
「これは、何時の鐘ですか?」
ゲームの中で、ヴェルガの街にこのような鐘の音が鳴り響いていた記憶はない。
単に再現されていなかっただけなのか、それとも僕の知る時代より後に鳴らされるようになった習慣なのか、判然としない。
「五時の鐘だよ」
アイリシアが歩調を変えずに答える。
おそらく、役人や労働者たちに一日の終わりを告げる鐘なのだろう。
ふと視線を上げると、広場の中央に鎮座する女神エステラの像が、夕陽を一身に浴びて燃えるような茜色に染まっている。
僕たちは何とはなしに足を止め、その荘厳な姿を見上げる。
「今でも、星の運行は操作できるんでしょうか」
「さあ、どうだろうね。神託を受けたわけでもないし、詳しいやり方も知らない。そもそもアストラル・ジェムが手に入らないから、確かめようもないんだ。でも……操作自体はできると、私は思うよ」
アイリシアの言葉には、そうあってほしい、と願うような祈りに似た響きがある。
「本当に綺麗なんだ。君にも一度、見せてあげたいよ」
正直に言えば、星の運行を操作した際に空がどう変貌するのか、その光景を僕は知っている。
しかし、ディスプレイ越しに見る電子の映像と、実際にこの異世界の空の下、肌で風を感じながら体験するのとでは、きっと比べ物にならないほどの違いがあるに違いない。
「僕も見たことがある」と口にするのは野暮だし、何より僕自身、この世界のリアルな空の下でその壮大な現象を目の当たりにしてみたいという渇望がある。
「いつか、見てみたいです」
「でも、その『いつか』は、おそらくこの世界に再び危機が訪れる時、ということだからね……。本当は、そんな日は来ない方がいいんだけれど」
アイリシアは、複雑な表情を浮かべてぽつりと呟く。
「僕のいた世界では、星なんてほとんど見ることができないんです。街の明かりが強すぎて、星の光がかき消されてしまうんです。だから、星空を眺めるというのは、とても贅沢な体験でした」
「ほう。それは……想像もつかない光景だね」
アイリシアは、理解し難い異界の景色を思い描くように、少しばかり目を細める。
女神像をぼんやりと眺めていると、ふと、広場の向こう側からこちらをじっと見つめる視線に気がつく。
簡素なシャツにスカートを合わせた、制服のようにも見える地味な出で立ちの若い女性がいる。
見た目だけなら、街の住人と何ら変わらない。
ゲームで言うところの、背景に溶け込む「モブキャラクター」そのものだ。
しかし、その瞳は違う。
なんらかの強い意志を宿した光が、僕たち二人をまっすぐに捉えている。
その視線に込められた感情までは読み取れない。
ただ、何かしら強い想いをこちらに向けていることだけは、ひしひしと伝わってくる。
僕がその異質な存在に気づいたのとほぼ同時に、隣に立つアイリシアもまた、その女性の方へ静かに視線を向けている。
「行こうか」
短くそう言うと、アイリシアは女性からふいっと視線を外し、街の正門へと続く大通りへと迷いなく歩き出す。
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