エルフにアストラル・オーブを語る #8

「で、その後モフモフはどうなったんだい?」


身を乗り出し、子供のように瞳を輝かせて尋ねてくる。


「ガレイドを退けた後……モフモフは、ガレイドが持っていたコンバージ・ジェムを使って、オーブの安置所の結界を破ります」


アイリシアの表情が凍りつく。


「……なぜだい? 安置所の結界を、わざわざ破るのかい?」


「真意は定かではありません。一説には、冒険者としての血が騒いだ、ということですが……。その後、モフモフは広大な奈落を巡る旅に出たとされています」


この辺りの展開は、僕自身も釈然としないものを感じる部分だ。


単にクリア後のエンドコンテンツへプレイヤーを誘導するための、とってつけたような導線にしか思えない。


実際のゲームでは、エンディングが終わると、プレイヤーキャラは何の説明もなく、結界の消滅したオーブの安置所にぽつんと立っている。


そして、オムニ・ガイドの効力で上層の全ウェイポイントが解放された状態になるのだ。


コミカライズ版では、その後の伝説という体裁で、主人公の奈落での活躍が数ページだけ描かれている。


「冒険者としての血が騒いだ」というのは、そのコミカライズ版で苦し紛れにひねり出されたであろう説明だ。


いずれにせよ、ゲームにおける奈落では、本編以上の強敵との戦いや、未知のアイテム、あるいは他のホーリー・レリックの探索が待ち受けている。


そして大抵の場合、上層にもやり残したクエストは山のようにある。


ゲーマー的な感覚で言えば、むしろここからが本番と言ってもいい。


「なので、その後のモフモフの行方は、僕も知らないんです」


僕は曖昧に言葉を濁す。


「今も、結界はないままなのかい?」


続編のストーリーがどうなるかなんて、開発者でもない僕にわかるはずもない。


今となっては、攻略サイトをチェックする術すらないのだ。


「……それは、僕にはわかりません」


僕の答えに、アイリシアはゆっくりと目を閉じ、何か重苦しいものを振り払うかのように、静かに天を仰ぐ。


「……今も、奈落への道は、開かれている可能性がある。そして奈落でアストラル・オーブとリミナル・オーブは結界なしに安置されている……。そういうことだね」


その呟きは重く、穏やかだった部屋の空気を震わせる。


もし僕の話が真実なら、今この瞬間も、世界の根幹を成す二つのオーブは、何の守りもなく奈落の脅威に晒されていることになる。


それは、この世界がガレイド以上の危機的状況に直面していると言っても過言ではない。


もちろん、制作上の都合で何とかなっているだけかもしれないし、続編で「その後、結界は修復された」という説明が一行入るだけかもしれない。


アイリシアの深刻な表情に、僕は慌てて注釈を加える。


「あの、誤解のないようにお願いします。これはあくまで、僕の知る物語の中での話ですから」


僕の言葉に、アイリシアは一瞬ハッとしたような顔を見せるが、すぐに澄ました表情に戻る。


しばらくの間、彼女は何かを反芻するように沈黙する。


やがて深く、そしてどこか疲れたようなため息をこぼす。


「……かなり、興味深い話だったよ。正直言って、『現実にあったかどうか定かではない』と思うことに苦労している」


そう言って、彼女はふと窓の外に目をやる。


いつの間にか、窓枠の向こうの空は、鮮やかな茜色に染まり始めていた。


「夕食にしよう。お腹も空いたろう?」


アイリシアはそう言うと、気負いのない動作ですっと立ち上がる。


「その前に買い物に行くけど、君も来るかい?」


このまま彼女の家に居させてもらうにしても、手持ち無沙汰だ。


それに、かつて画面の中で駆け回ったヴェルガという街。


その今の姿を、僕自身の目で確かめておきたいという好奇心もある。


「はい、ぜひ。お供させてください」

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