ヴェルガを訪れる #2

門をくぐると、古びた石畳の道がしばらく続いている。


僕の記憶にあるゲーム内の光景では、この正門から続く通りは目抜き通りのはず。


武器屋、防具屋、雑貨店や薬局など、冒険の準備に必要な店が軒を連ねている場所だ。


しかし、目の前に広がる光景はそれとは程遠い。


看板が外されたままの建物が目立ち、営業している店はまばらだ。


感覚的には、半分ほどの建物が閉鎖されているように見える。


店頭に溢れんばかりに陳列されたアイテム、活気に満ちた商人たち、多様な種族が入り乱れる冒険者たちの賑わい。


そのどれもが、今のこの街には存在しない。


アイリシアの言う通り、この街が廃れているのは紛れもない事実のようだ。


もちろんゲームで見たような活気はないが、人通りが全くないわけではない。


すれ違う住人たちが、血まみれの僕を見てぎょっと目を見開く。


だが、隣を歩くアイリシアの姿を認めると、皆ほっとしたように表情を和らげ、軽く会釈をして通り過ぎていく。


おそらく僕がいなかったら、アイリシアはもっと気さくに挨拶されていたのだろう。


居たたまれない気持ちで石畳の道を進んでいると、ついに甲高い子供の泣き声が耳に飛び込んでくる。


さすがにこのままではまずいと思ったのか、アイリシアが「家はもうすぐだけど、ちょっと店に寄ろう」と僕を促し、足を速める。


ほどなくして、彼女はある店の前で足を止め、僕をその脇の薄暗い路地へとぐいっと押し込む。


「すぐに戻る」という言葉を残し、アイリシアは一人で店の中へと消えていく。


路地側には窓がなく、中の様子は窺えない。


年季の入った木製の看板には、鎧と剣の意匠が彫り込まれている。


その下には「ぶきとぼうぐのみせ」と、丸みを帯びた文字が刻まれている。


そう、この世界の文字は全てひらがなだ。


名前やステータスなどのシステム部分以外に、カタカナや漢字、アルファベットは存在しない。


アストラル・オーブは国産のゲームだが、西洋ファンタジーの世界観にあえてひらがなだけを採用するとは、なんとも尖ったセンスだと今更ながらに感心する。


押し込まれた路地は思いのほか道幅があり、僕の血まみれの姿は、大通りを行き交う人々の目に晒されている。


好奇や警戒の入り混じった視線が突き刺さり、遠巻きにこちらを指差して何か囁きあう者もいる。


もしかしたら、誰かがすでに衛兵を呼びに行っているかもしれない。


やがて店から出てきたアイリシアの手には、一着のローブが握られている。


「とりあえずこれを羽織るといい」


手渡されたそれは、驚くほど滑らかな手触りで、シルクのような光沢を放っている。


これはおそらく、ゲーム内でも高価な部類に入る「マナタイトロープ」だ。


だとしたら、血まみれの姿を隠すためだけに購入するような代物ではない。


「これは、相当いいローブですよね?」


「安くはないね。でも君は気にしなくていい。これには自浄作用があって、洗濯の手間が省けるんだ。長い目で見れば、いい買い物だよ」


アストラル・オーブに洗濯という概念があったとは驚きだが、リアルな世界だと考えれば当然のことなのかもしれない。


それにしても、マナタイトローブにそんな便利な設定があったことは初耳だ。


「ありがとうございます」


今の僕に返すだけの金も、返すあてもない。


彼女の言葉に甘え、僕はありがたくそのローブを受け取る。


ローブを羽織った僕を先導し、アイリシアは街の中心部へと進む。

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