エルフに救われる #5

渡りに船とは、まさにこのことだ。


異世界に転生させられ、特別なスキルもなければ一銭の持ち合わせもなく、サバイバルや護身の心得もない僕にとって、まず真っ先にすべきは「誰かを探すこと」に他ならない。


この世界に降り立ってからほんの数分でエルフと巡り会い、街まで案内してもらえるというのは、幸運以外の何物でもないだろう。


エルフの家にまで招かれ、もしかしたら一夜の宿も提供してもらえるかもしれない。


異世界での生活は、望外なほど順調な滑り出しと言える。


これ以上望むなら、血で汚れたこの服を早くどうにかしたいが、街までは歩いて二十分ほどだというから、それまでの辛抱だ。


「そういえば、自己紹介がまだでした。僕はツカダ・リオンと言います。改めて、助けていただきありがとうございます」


僕がそう切り出すと、エルフは僕の名前には全く興味がなさそうに短く応える。


「ああ、うん……。私はアイリシアだよ」


そこで、ふっと会話は途切れる。


アイリシアと名乗ったエルフは、何やら思案に耽りながら森の道を進んでいる。


彼女が沈黙を望むなら、僕も無理に話しかける必要はないだろう。


それに、聞きたいことが山ほどある、と言っていたのだから、いずれ嫌でも話すことになるのだ。


木々の間を縫うように続く小径を、僕とアイリシアは並んで歩く。


彼女は特に急ぐ様子もなく、むしろのんびりと言っていいほどの足取りだ。


そのおかげで、僕は周囲の景色を眺めたり、考え事をしたりする余裕が生まれる。


3Dゲームで慣れ親しんだ世界が、そのまま目の前に広がっている光景は、なんとも不思議な感覚に陥る。


花に格別の興味がない僕でも、道端に咲く見慣れぬ植物には心惹かれるし、群れをなして飛ぶ鳥の聞き慣れない鳴き声には、思わず耳を澄ましてしまう。


このまま耳を澄ませば、ゲームのBGMが聞こえてくるかもしれない。


そう思ったが、頭の中でぼんやりとしたメロディが浮かぶだけだ。


カサッ、と不意に物音がして、僕は反射的にそちらへ顔を向ける。


遠目に見えるのは兎によく似た小さなモンスターで、こちらをじっと見据えている。


「ツインテール」だ。


その名の通り長い二本の尻尾を持ち、妙にリアルなデザインが一部で人気を博していたモンスターだが、こうして実物を見ると、そのリアルさがかなりいかつい印象を与える。


ゲームではレベル1から10程度のプレイヤーが相手にするモンスターであり、隣を歩くアイリシアが一瞥だにしないところを見ると、特に危険はないのだろう。


「アイリシアさんは、普段は何をされているんですか?」


さすがに親睦を深めようと、僕は思い切って声をかける。


僕の言葉に、アイリシアはふと我に返ったような顔でこちらを向き、少しの間を置いてから口を開く。


「そう聞かれると困るね。有り体に言えば、何もしていないよ」


その答えは、あまりに素っ気ないものだ。


「さっきは森で何を?」


僕が重ねて尋ねると、彼女は少し俯き、含みを持たせた口調でぽつりと言う。


「森を見回っていたんだ」


そこには少し穏やかではない響きが伴う。


「あの森には、ごく稀に『この世ならざるもの』が現れるんだ。……君もそうだよ」


「この世ならざるもの」はさっきも彼女が口にした言葉だ。


僕のような存在が、他にも現れるということなのだろうか。


「転生者が僕以外にもいる、ということですか?」


「転生者? ……ああ、いや、私の知る限りではいないね。意思疎通が可能なこの世ならざるものは、君が初めてだよ。全くもって想像を絶してる。おかげで、しばらくは退屈せずに済みそうだ」


彼女はそう言って、悪戯っぽく微笑む。


それにしても、この世ならざるものが現れたにしては、彼女の口ぶりはどこか呑気だ。


「その、この世ならざるものって、具体的にはどういったものなんですか?」


僕自身がこの世ならざるものであることは、もう否定しようがない。


元々この世界にいなかったのだから。


しかし、それ以外に一体どんなものがこの森に現れるというのだろう。


「あの森には、過去に邪神が現れたことがある。そして君だ。生き物はそれくらいだね。あとは、見たこともないようなアイテムが、時折落ちているんだ」


意思の疎通が可能なのは君が初めて、という言葉の意味は腑に落ちる。


しかし、その大雑把なカテゴライズには、どうにも釈然としないものを感じる。


「邪神と人間とアイテムがひとくくりなんですか?」


「……拾ったこの世ならざるものは私の家にあるから、後で見せてあげよう。見ればわかる」


そう言った後で、アイリシアはふと思い出したように、「君なら何か知っているかもしれない」と付け加える。


「……定期的に見回りが必要なんですよね。危険なものではないんですか?」


僕がそう尋ねると、アイリシアは思案気な顔を僕に向ける。


「危険かどうかすらわからない。でも、普通じゃないことだけはわかる」

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