第9話 水族館④
一通り館内とショーを見終わった私たちは入り口近くの売店にいた。サクラは来た時と同様にぬいぐるみを物色している。私は少し離れたところでサクラを見ていた。私が買い物をしていないことに気づいたサクラはその場から私に声を掛けた。
「アザミは何も買わなくていいのー?このラッコの抱き枕すごくいいよー」
「私は何も買わなくて大丈夫だよ」
「そっかー、あ、このペンギンのぬいぐるみのキーホルダーお揃いで買おうよ」
サクラは何気なく私にお揃いを提案してきた。私は急なお揃いの提案に思わず聞き返した。
「…私とお揃いでいいの?」
「当たり前じゃん!」
サクラの笑顔に思考が停止する。
「じゃあ私もこのペンギンのだけ買おうかな…」
「やった!」
私はサクラが選んでくれたペンギンのキーホルダーを持って一人先に会計を済ませた。サクラとお揃い…お揃い!嬉しい。どこにつけようかな。大学のリュックにつけようかな。
サクラも買い物を済ませて私の元にやって来た。そっか、今日はこれでもう終わっちゃうんだ。その思いとは裏腹にまだ帰りたくない私はサクラに次の予定を委ねていた。
「サクラ、この後どうするの?」
「アザミはまだ時間大丈夫?」
後は帰るだけだと思っていたなか、もしかしたらまだサクラと一緒にいられるのかもしれないと思うと胸が高まった。私は喜びの顔を隠せずにサクラに答えた。
「うん、私は今日はずっと大丈夫だよ」
「じゃあちょっと寄りたいところがあるんだけど」
「うん、どこでも行くよ」
私たちは水族館を後にし、バスに乗って水族館から近い海に来ていた。サクラは砂浜を少し歩くと、海を眺めた。
「綺麗…」
感嘆の声を上げるサクラにしばらく見惚れていた私は我に返り、サクラに話しかけた。
「サクラ、海が見たかったんだ」
「うん、せっかく近くにあるし、どうせなら行きたいねって話してたんだ」
サクラは少し悲しげな口調で返した。それは誰と?当然私は分かっているし、わざわざサクラに聞くこともしない。サクラはその場で靴だけでなく、靴下まで脱いで裸足になった。
「ほら、アザミも」
「うん」
私もサクラに言われるがままに裸足になった。サクラはそのまま海の方まで歩いて、海を蹴りながら遊んでいた。一人海と戯れるサクラを私はその場でただ眺めていた。私がその場で止まっていることに気づいたサクラは海から私に声を掛けた。
「ひー、冷たーい。アザミもこっちに来なよー」
「はーい」
私が海に近づくとサクラに足で水をかけられた。急なことで思わず私は驚きの声を上げた。
「きゃっ!ちょっとサクラ!?」
サクラは私の反応を見ながらいたずらっぽく笑っている。
「アザミって水が好きなのかなーって。だって、イルカショーの時に私の分まで水を浴びたくらいだし」
「もう!その話はもうしないで!」
「それ!」
サクラは再び私に足で水をかけた。
「もー!」
私は海から離れて砂浜に腰を下ろした。サクラはその後も海ではしゃいでいた。私は海で遊ぶサクラから目が離せなかった。綺麗…やっぱり私、サクラのことが好きだ。サクラは一通り満足したのか、私の隣にやってきてそのまま砂浜に腰を下ろした。さっきまでとは打って変わってサクラは真面目な表情になっていた。
「本当はここで夕日を見たかったんだけどね。そこまでは待てないかな」
「サクラってロマンチストだね」
「アザミは男前だけどね」
私たちはお互いに顔を合わせ、笑い合った。サクラはそのまま海を眺め始めた。サクラは今日楽しめたのかな。でも私から楽しかった?なんて聞けない。静寂が続く中、サクラから口を開いた。
「アザミ、今日はありがとう」
私はサクラの方を向いたけど、サクラは海を眺めているままだ。
「昨日、アザミが声をかけてくれて、今日誘ってくれて、今日は本当に楽しかった」
サクラの楽しかったって言葉を聞いて私は嬉しくなった。駄目だ、私が泣きそうになる。私、サクラの力になれたのかな。だったら嬉しいな。
「おかげであの男のことを忘れられそうだよ」
サクラが私の方を向いて笑みを浮かべながらそう言ったけど、その顔を見て私の涙は引っ込んでいった。今の笑い方、わざとっぽい。私は何を考えていたの。私が嬉しいかどうかは関係ない。サクラが元気にならないと今日の意味がない。でもまだ多分傷ついてる。だって、一瞬だったけど、サクラが暗い表情になったから。
「いやー、やっぱり引きずるかもー」
サクラは下を向いてそう言葉をこぼした。当たり前だよ。私は知ってる。恋の苦しみはそう簡単に癒えてはくれない。私はサクラに声を掛けた。
「サクラ、大丈夫?」
サクラは私の問いかけに顔を上げて私の顔を見たけど、その顔は今にも泣きそうな顔をしていた。
「アザミ、たまにまた話聞いてくれる?」
今のサクラに笑顔はない。多分、誰でもいいから助けを求めている。それで、私はまた話を聞くだけ?分かってる、サクラは私に相談していない。たまたま最初に声をかけたのが私ってだけ。だから私の名前を呼んでいるだけ。そんなのは分かっているけど、やっぱり話を聞くだけなんて嫌だ!私は友達のままでいいから、もっとサクラと一緒にいたい!たまたまじゃなくて、代役じゃなくて、私のことを見てほしい!サクラの中の私の存在を大きくしたい!私はサクラの顔を見ながら勢いよく話しかけた。
「これからは私と二人でもっと楽しい思い出を作ろうよ!」
「え…?」
急に私にそんなことを言われてサクラは驚いた表情をしていた。私はそんなサクラの様子なんか気にせずに話を続ける。
「私も今日すごく楽しかった!だからサクラと楽しい思い出をもっと残したい!私はサクラに暗い表情をさせない!」
「…本当に今日のサクラは男前だな…」
サクラの目から涙がこぼれた。私、また間違えた?どうしよう。
「ごめん!私、サクラのこと傷つけた?」
サクラは首を振った。そして涙を流しながらも答えてくれた。
「違うの…嬉しくて…アザミにそう言ってもらえて嬉しい…」
サクラが嬉しいって言ってくれている。サクラを傷つけたわけじゃなくてよかった。サクラは自分の手で涙を拭い、私に笑顔を見せた。
「アザミ、また二人で遊びに行こう。私もアザミと楽しい思い出をもっと作りたい」
「うん」
分かってる。私はサクラの傷が癒えるまでのつなぎ役。それでもサクラに選んでもらえるならそれでいい。
「なんかアザミには駄目な部分ばっかり見られてる気がする」
「私はサクラに頼ってもらえて嬉しいよ」
「今嬉しいって言った。じゃあこれからどんどん振り回しちゃおうかな」
サクラの笑顔がいたずらっぽい笑顔に変わっていた。
「い…いいよ!」
サクラが笑ってくれている。これでいいんだ。サクラが笑っているならそれでいい。サクラが立ち上がったから私もサクラに続いて立ち上がる。
「アザミ帰ろうか」
「そうだね」
サクラはバス停に向かい私の前を歩く。私はサクラの後ろをついていく。あー、今日はこれで終わっちゃうんだ。まだ終わってほしくないな。
「あ、そうだ」
サクラが急に私の方を振り返った。どうしたんだろう?そう思ったのも束の間、サクラは私の目の前まで来た。
「サクラ?」
その瞬間私はサクラから頬にキスをされた。
「え!?」
今、サクラが私にキ…キ…
「今日はデートだったもんね。だったらキスまでしないとね」
私が動揺していることに気付いていないのか、サクラは私に笑顔を見せた後、普通の足取りでバス停に向かった。私は先に行くサクラについていく。でも前を向くことはできない。私の鼓動は早いまま。勘違いしちゃ駄目。変な期待を持っちゃ駄目。今のだって何の意味もない。サクラにとって私はただの友達なんだから。
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