第8話 水族館③

 気づいたら私たちはアザラシのショーが行われる屋外に来ていた。いつの間に…ここに来るまで何があったか何も覚えてない。サクラしか見ていなかった。とりあえず外の空気を吸って落ち着こう。水族館に来て魚を見ないなんて、私何してるの?今日はサクラに楽しんでもらうんじゃないの?浮かれてる場合じゃないでしょ。


「アザミー、こっちでペンギン見ようよー」


サクラは少し先のペンギンが展示されている場所から私を呼んだ。


「うん、行くー」


私はサクラの元へ向かった。いい加減にして私。今日私の気持ちはいらないの。私はただの代役なんだから。今日はサクラに楽しんでもらえればそれでいいの。サクラはペンギンに夢中になっていた。


「ふふっ、小さくて可愛い。あっ、今ジャンプした!」


「サクラ、こっちのペンギンは背泳ぎしてるよ」


「本当だー!可愛い」


ペンギンを見ていると屋外のスピーカーから案内が流れてきた。


「まもなくかいじゅうアイランドでGOGOアザラシが開始されます…」


「わっ、アザミ行こ」


「うん」


サクラは急いでアザラシのショーが行われるステージに向かった。私はその後ろをついていくだけだった。


「アザミ、ここ座ろ」


私はサクラに促されるままショーが行われる目の前にある壇上になったステージにサクラと隣同士で座った。それから間もなくしてアザラシと飼育員の人がやって来てショーが始まった。ショーに夢中になっているサクラを尻目に私はサクラのことを見ていた。なんだかいつもよりサクラが近くに感じる。これが恋人の近さなのかな。今日はたまたま私が代わりに体験できているけど、これから先、サクラにはまた本当の恋人ができるだろうな。私、そんな想像の人にさえ嫉妬してる。私は架空のサクラの未来の恋人を想像して勝手に嫌な気持ちになっていた。


「アザラシがこっちに手を振ってくれた!」


サクラは隣にいる私を気にせず、純粋にショーを楽しんでいる。サクラが楽しそうで良かった。私はサクラに楽しんでもらおうと思っていたのに、いざ楽しそうなサクラを見て、気持ちが落ち込んでいた。サクラに楽しんでもらうって思ってたけど、別に私は何もしなくていいじゃん。私は余計な事をしなくていい。どうせサクラのためにできることなんてないんたから。


「自分でお腹ぽんぽんってしてるー」


サクラは変わらずアザラシに夢中だった。もう私のことも見えてない。それでも、サクラと二人きりのこの時間が終わってほしくないな。


 「ありがとうごさいました…」


「可愛いかったね」


アザラシショーが終わり、サクラがやっと私に話しかけてくれた。


「サクラはアザラシに夢中だったね」


「だって、超可愛かったんだもん!」


楽しそうに話すサクラの顔は可愛くて、そんなサクラの顔をこれ以上見ると自分を抑えることができなくなりそうで私は話を逸らした。


「イルカショーまでまだ時間があるけど、どうする?」


「もう少しここにいようかな。まだペンギン見たいし、ここにもイルカがいるみたいだから」


「サクラって水族館で一番好きな生き物はなんなの?やっぱりイルカ?」


「一番好きなのはペンギン!」


サクラの可愛い顔を見るのをやめるために話を逸らしたのに、ペンギンって言った顔がさっきよりも可愛くて、眩しい笑顔で思わず私はサクラの顔を視界から外すためにペンギンに視線を向けた。


「ならたくさん見ないとね」


「うん!」


サクラもペンギンに視線を向けた。もう私のことは見ていない。私はその様子を見てホッとした気持ちと寂しい気持ちになった。私から代役だって言ったくせに、いざ私のことを気にしていないサクラを見て寂しい気持ちになるなんて、私は何がしたいんだろうね。


 イルカショーが始まる十分前にショープールに着くと、既に人でいっぱいだった。


「アザミ、もう人でいっぱいだねー」


「十分前は遅かったかな」


サクラがキョロキョロと空いている席を探す。私もどこか空いていないか辺りを見渡すと前方の席はまだ空いていた。


「サクラ、前の席はまだ空いてるよ」


「本当だ、ラッキーだね。早く座っちゃおう」


私たちは前方一列目の席に座った。なんでここだけオレンジ色なんだろう。それにほかの人は座りたがらないし。疑問に思っているとその答えがすぐにアナウンスされた。


「皆様に注意事項があります。前方三列のオレンジの席は水しぶきを浴びる恐れがあります。こちらの水は海水ですので濡れると携帯電話が壊れる恐れが…」


アナウンスを聞いたサクラは私の方を向いていたずらっぽく笑った。


「アザミ、ここ濡れるかもってね」


「だからあまり座られてないんだね。私たちも後ろの方に移動する?」


「大丈夫でしょー、濡れたらその時だよー」


サクラは濡れることを気する素振りを全く見せず、これから始まるショーを心待ちにしていた。


 ショーが始まってからはサクラは本当に楽しそうに声を上げながらショーを楽しんでいた。


「最後はイルカたちのジャンプをお楽しみくださいー」


結局全然濡れなかったな。事前にあんなふうにアナウンスしておかないと、もしもの時にトラブルになっちゃうのかな。と思っていた矢先にイルカたちの大ジャンプによる大量の水しぶきが私たちに向かってきた。私は無意識にとっさにサクラが濡れないように、隣にいるサクラの両肩に手を置き、向き合うようにサクラに覆いかぶさった。すると見事に私は水しぶきを浴びた。全然濡れてないって思ったそばから背中めっちゃ濡れたー。私は自分が濡れたことばかり考えていて、今の自分の体勢のことを忘れていた。ふと視線を前に向けると目の前にサクラの顔があった。


「アザミ、何してるの?」


サクラが笑いを堪えている。私はゆっくり元の体勢に戻った。


「…サクラはショーを観てて」


私は絞り出すように声を出した。私はサクラの顔を見ることができなかったので、それからサクラがショーを見ていたのかはわからなかった。


 何してるの私ー!絶対サクラに変な子って思われたでしょ!幸いその後、水しぶきが私たちの方へ来ることはなく、ショーは終わった。恐る恐る隣を向くとサクラと目が合った。


「…アザミとりあえず背中拭くよ」


サクラは笑いを堪えながら自分のハンカチを取り出す。恥ずかしくなった私は自分のハンカチを取り出した。


「自分で拭くよ」


「でも届かないでしょ。拭いてあげるよ、後ろ向いて」


「…ありがと」


恥ずかしさのあまり何も言えない私はサクラに言われるがまま後ろを向いた。サクラは私の背中を拭いてくれていたけど、途中で笑い出した。


「アザミ、さっきの何?」


触れてほしくなかったことに触れられ、思わず私はサクラの方を向いて大声を出した。


「だってサクラ、せっかくおしゃれしてるのに濡れちゃったら台無しって思ってー!」


サクラは終始笑っている。


「アザミ私のこと守ってくれたの?ありがとー」


「もう触れないで!」


「アザミが急に私に覆いかぶさってきたときはびっくりしたよー」


「うぅ…」


「アザミは男前だなー」


「もうこの話は終わり!」


「ほら、アザミ後ろ向いて、背中拭けないから」


私は後ろを向いてサクラに背中を拭いてもらっていた。恥ずかしい…なんであんなことしちゃったんだろう。私、サクラに余計なことしかしてないよ。

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