第4話 大学④
金曜日の五限目、日本文学。この講義では私の知り合いはいない。やっぱりぼっちの五限目はきついな。講義の内容もただ小説の内容を説明するだけだし。しかも夏目漱石の小説は難しいんだよね。
「このように夏目漱石は比喩表現を多用しておりー」
それが話を難しくしてるんだよ。比喩の言葉も難しいし、夏目漱石って読者に自分の気持ちを伝えるつもりがあったのかな。私は伝わらない言い方だったとしてもサクラに自分の気持ちを伝えないけど。駄目だ、気付いたらサクラのことを考えてる。そういえば夏目漱石ってアイラブユーを月が綺麗ですねって訳したんだっけ。私がサクラに月が綺麗って言ったらなんて反応するんだろう。普通にそうだねって言いそう。サクラ小説に全く興味がないから多分夏目漱石のことも知らないし。
予鈴がなり、講義が終わった。やっと終わった。サクラのことを考えてたらあっという間に終わっちゃった。ありがとうサクラ。今日はもう家に帰るだけだ。私は足早に教室を出て地下鉄の駅に乗るために正門に向かっていた。
教室から正門に向かうまでの間、外にベンチが置かれている場所があり、そのベンチにサクラが座っていた。あれ?あそこにいるのってサクラ?なんであんなところで一人でいるんだろう。それに今日は二限目が終わってからはデードだって言ってたのに。それになんだか元気がない気がする。私はサクラの元まで駆け寄った。
「サクラ、どうしたの?」
「アザミ…なんでいるの?」
私の声に反応したサクラは弱々しい口調で言葉を返した。サクラの顔に生気はなく、目元は赤くなっていた。
「私はさっきまで講義で、もう家に帰るところだったの」
「じゃあもう五限目終わったんだ…」
「ねえサクラ大丈夫?どうしたの?」
私が何かあったのかを聞くとサクラが下を向いてしまった。サクラに何かがあったのは間違いなさそう。
「サクラ?」
サクラは私の問いかけに何か返すことはなく、とうとう泣き出してしまった。私は泣いているサクラに何もしてあげられない。それでも私はサクラが泣いている姿なんか見たくない。元気を出してほしい。私が笑顔にしてあげたい!私はサクラの隣に座り自分のハンカチでサクラの涙を拭った。サクラは私に涙を拭われている間も下を向いていた。それでも私はサクラに優しく話し続けた。
「サクラ、つらい気持ちを自分の中だけに閉じ込めておくと苦しくなるよ」
そんな思いをサクラにはしてほしくない。
「口に出すだけでも気持ちは楽になるよ。私、話を聞くだけならできるよ」
それしか出来ない私が嫌になる。でも、何もしないのはもっと嫌だ!するとサクラは少しだけ笑った。
「前にもこんな事あったね」
サクラに言われて私は思い出した。本当だ、高校の時と同じだ。サクラがあの時のことを覚えているなんて。それにしても高校生からサクラにしてあげられることが変わってないなんて、情けない。私が自分の力のなさを感じていたなか、サクラは下を向きながらも口を開いた。
「ねえアザミ、私の話、聞いてくれる?」
「もちろんだよ!」
私はサクラが私を頼ってくれたことに対して喜びを感じてしまった。そんな私とは対照的にサクラは暗く、弱々しい口調で話を続けた、
「…私ね、カイトに振られちゃった」
「え…」
「二限目が終わってカイトに会いに行ったら言われたの。しかもすごい淡白に」
予想もしていなかった出来事に私は何も言葉を返せなかった。サクラの口調は変わらないままだった。
「好きな子ができたんだって。同じバイトの子って言ってた」
話しているうちに感情が高まったのか、サクラの口調が強くなった。
「昨日までそんな素振り全く見せなかったのに。なんなら今日だって朝会ったときはいつも通りだったじゃん」
私はただ呆然とサクラの話を耳に入れるだけだった。何か、相槌でもいいから返さないと。分かってるのに何も言えない。
「それで私のこともう好きじゃないの?って聞いたら、友達ではいたいって。もう意味わかんなくなっちゃって、それでもう私に話しかけないでって言ったらすんなりわかったって…」
サクラは一通り私に話し終え、両手で顔を覆った。
私、サクラに恋人がいなくなったら喜んじゃうんじゃないかって思ってた。でも、今、私は怒っている。サクラの特別になれたくせに、そんな簡単にやめないでよ。だったら好きって言わないでよ。サクラの恋人にならないでよ。最初からサクラに近づかないでよ。サクラは何も喋らない私に気づき、私に笑顔を見せた。
「アザミごめんね、こんなダルいこと話しちゃって」
その笑顔は明らかに私に気を使っていてしていたもので、サクラにそんな顔をさせてしまったことに私は胸が苦しくなった。
「そんなことないよ!私のほうがごめん。無神経に話を聞くよって言って、サクラを傷つけた」
「むしろありがとう。話を聞いてもらえて楽になったよ」
サクラはまだ作ったような笑顔を続けている。嘘だ、私にはまだ無理をしているように見えるよ。私じゃサクラの力にはなれない。
「重い空気にしちゃった、ごめんごめん。いやー、もうスッキリしたよー」
サクラは話を切り上げようとしている。もしかしたら私に話をしたことを後悔しているのかもしれない。悔しい。私はサクラの中にはいない。
「あーあ、明日は一年記念日のデートだったのにな…」
サクラの不意に漏れた言葉に対して私は考えるより先に口に出してしまった。
「私が代わりに行くよ!」
「え…?」
サクラは明らかに驚いていた。さっきまでの笑顔も消えている。自分でも驚いている。私は一体何を言ってるの?無意識だった。いつもなら絶対にこんなこと言わない。でも、どうしてもサクラのために何かしたい。このままじゃ嫌だ。私はサクラの顔を見ながら、必死に訴えた。
「明日は私とデートに行こう。あくまでも私は代役だから。明日を楽しい思い出にしちゃおうよ」
勢いで話していたけど、冷静になってきた。私はなんて自分勝手なんだろう。最低。サクラに元気を出してほしいなんか思って、実際は自分のことしか考えていない。すぐにサクラに謝らないと。しかしサクラが突然大笑いした。
「アザミが私とデートしてくれるの?」
「ごめん!サクラの気持ちを考えずに変なこと言って」
「ううん、そんなことないよ」
「本当にごめん…」
サクラの顔を見れない。多分気を使って笑い話にしてくれている。傷ついているのに私なんかのために無理をさせてる。
「明日はうんと楽しまないとね」
「え!?」
サクラの肯定的な返事に私は思わず驚いてしまった。
「自分で言ったのにすごいびっくりするじゃん」
「本当に無理しないで。サクラは今つらいのに」
「むしろこのまま一人で落ち込んでいる方がきっとつらいよ。だったら楽しまないと!あなたなんかいなくても楽しいんだぞって」
サクラは笑いながら言っていたけど、どうしても私には無理をしているようにしか見えなかった。でもサクラは無理にでも気分転換がしたいのかもしれない。それとも、優しいサクラはただ私に気を使っているだけなのかもしれない。どっちの理由だとしても、私には断ることができなかった。
「サクラが大丈夫なら…」
「アザミ明日はよろしくね」
「うん…」
サクラはベンチから立ち上がった。私は一緒にベンチから立ち上がることができず、サクラを見ているだけだった。
「そうと決まればもう帰ろうかな。アザミ、駅まで一緒に行こ」
「うん…」
サクラが私を見ながら待っていた。これ以上サクラには私に気を使ってほしくなかったから、私は急いでベンチから立ち上がり、一緒に駅まで向かった。
駅に着くまでサクラは口を開くことはなかった。私って本当に駄目だ。サクラに元気を出してもらうどころか、逆に気を使わせてしまった。なのに、思っちゃいけないのに、私は喜んでいる。サクラとデートができることに浮かれている。あくまでも明日はサクラにとっては気晴らしだ。サクラにとってはデートでも何でもない。たまたま最初に声をかけたのが私ってだけ。サクラも私とではなくて、別れた人の代わりの誰かと時間を潰すだけ。それを分かっているのに、明日を逃せば、二度とできないサクラとのデートを楽しみにしている。私は最低だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます